22年前のこと

木曜日は毎年恒例のホイットフィールドさん主催チャリティー・ゴルフ・トーナメントだったらしい。
そういえば、MJは何年か前からここにも来なくなったなぁ。
昔はフォトギャラリーがあったオブザーバーも今回はほぼ毎年参加しているZOの記事のみ。

Hall-of-Famer Alonzo Mourning: I never wanted to leave Hornets; ex-owner recalls otherwise
BY RICK BONNELL

1995年にマイアミ・ヒートへトレードされた件について、自分はここにいたかった、そのためなら減額にも応じるつもりだった、と、47歳になった今でも若干含むところがあるような。(現在のホーネッツ経営陣、特にホイットフィールドとは良好な関係)

「決めたのはジョージ・シン(当時のオーナー)の方だ。彼は自分がやりたいことをした。チームを保っておくことはプライオリティーではなかった。それがプライオリティーなら、投資をしただろう」
「彼は私にそれだけの価値はないと言ったんだ。私は(当時)23歳で、そういうことに暗かったから、エージェントの助言を受け入れ、自分にとって最善のことをするしかなかった」

一方、木曜日の午後にオブザーバーの電話インタビューに応じたジョージ・シンは異議を唱え、「明らかに私と彼の記憶は違う。我々はラリー・ジョンソン(12年8400万ドル)を超えるオファーをした。当時のリーグ最高額だ」
「しかし、彼はここがスモールマーケットだと言い、もっと大きなマーケットでもっと稼ぎたがった」

当時のホーネッツのプレジデント、スペンサー・ストープンは木曜日に、モーニングの提示は10年で1億1100万ドルだったと述べた。(1996年の夏、モーニングはヒートと7年1億500万ドルで再契約した、とワシントン・ポスト紙は報じている)
シンは、モーニング側の要求はシャーロットのようなスモール・マーケットの許容範囲を超えていた、と主張する。
「リーグ屈指の選手を手放したかったと? もちろん違う。我々以上にモーニングを愛した者はいない…が、感情だけでアプローチすることはできないんだ」

そして交渉は決裂し、モーニング(+ピート・マイヤーズ+レロン・エリス)は1995-96シーズンの初めにグレン・ライス+マット・ガイガー+カリッド・リーブス+96年の1巡目指名権と交換にヒートへトレードされ、高い人気を誇ったLJ&ZO&マグジー・ボーグス時代は終わった。

********

22年もたって今さら?と思うけど、シャーロットの地元ファンにとっては「フューチャーズ・ブルズ」の夢がついえた大きな出来事だったでしょうね。
ブルズファン的には、95-96シーズンの開幕戦の相手がホーネッツで、ところが試合直前にモーニングがトレードされて、交換のライスやガイガーもまだいないホーネッツはスッカスカで、ジョージ・ジデックなんてルーキーが先発で、ダリン・ハンコックなんてルーキーが目立つほどで、なのに油断したブルズが前半リードされて、MJは42得点で素敵だったという思い出ッス。(〃▽〃)

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