25年前の伝説の夜

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ボブキャッツ、K.ウォーカーら3選手とのオプション行使

ISM 11月1日(金)16時20分配信

 現地31日、シャーロット・ボブキャッツがガードのケンバ・ウォーカー、そしてフォワードのビスマック・ビオンボとの4年目のチームオプションを行使したことを発表した。また、フォワードのマイケル・キッド・ギルクリストとの3年目のオプションを行使したことも併せて発表している。米スポーツ専門サイトの『The Sports Xchange』が同日に報じた。
 2012年ドラフト全体2位指名のギルクリストは、昨季1試合平均で9.0得点、5.8リバウンド、1.5アシストとまずまずの成績を残し、NBAのオールルーキー・セカンドチームに選出された。
 ビオンボの売りはブロックで、こちらは2011年ドラフトの全体7位指名。すでに258ブロックを記録しており、これは球団史上3番目の数字である。
 また、2011年ドラフト全体9位のウォーカーは、キャリア通算で1試合平均15.2得点、5.1アシスト、3.5リバウンド、1.5スティールと好成績を残しており、ボブキャッツ加入後149試合連続で出場している。昨季は1試合平均の得点(17.7)、アシスト(5.7)、スティール(2.0)でチームトップの成績を記録し、球団史上最多の160スティールを決めた。


ルーキースケールでの年俸は、7位指名のBizが約400万ドル、9位のケンバが約340万ドル、2位指名のMKGは約500万ドル。 Bobcats.com  Charlotte Observer

テイラーとゼラーがハロウィンの仮装(マリオとルイージ)をして小児病院を訪問。
Bobcats.com: View the Gallery | Watch the Video

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(JOHN D. SIMMONS - Charlotte Observer)

25 years ago: Tuxedos, spotlights and debut of Charlotte Hornets
By Tom Sorensen

ボブキャッツは金曜日にホーム開幕戦を行う。11月の第一金曜日。対戦相手はクリーブランド・キャバリアーズ。
シャーロット・ホーネッツは25年前の11月の第一金曜日に初めての試合を行った。対戦相手はクリーブランド・キャバリアーズ。

初日の夜は特別なものだ。しかし、1988年11月4日はそれを超える伝説的な夜だった。
スポットライトは空にあふれて、シャーロット・コロシアムまでの道を教えた。ほとんどファンは、3ヶ月前にオープンしたばかりのアリーナへ行くのが初めてだった。
ホーネッツは、コートサイドの人々 ―― チーム・オフィシャル、スタッツ・クルー、メディアにさえ ―― タキシードの着用を求めた。ほとんどの者は応じた。メディアはタキシードをレンタルした。

これは、ゲームではなかった。祝祭だった。

ジョージ・シンがチームの筆頭オーナーで、フェリックス・サバテス、故サイ・バハカル、そしてリック・ヘンドリックも部分オーナーだった。
ヘンドリック(ヘンドリック・モータースポーツのオーナー)は言う:「私たちはコロシアムの裏、選手たちと同じ駐車場に車を止めていた。テレビ局のトラックが何台もあった。コートには選手たちがいた。私は、『私たちがNBAチームを持つなんて信じられん』と思ったよ。当時のシャーロットは今より小さく、銀行都市でもなかった。町中が顔見知りのようなところだった。説明するのは難しいな。NBAチームができたことは知っていた。でも、あの日アリーナの中へ入るまで、本当のことには思えなかった」

ノースカロライナ大学とサウスカロライナ大学、ノースカロライナ州立大とクレムソン、デューク、シャーロット、イースト・カロライナ、クイーンズ、ジョンソンC.スミス、デービッドソンを支えたファンが一堂に会し、おそらく初めて同じチームのために喝采を送った。

サバテス(NASCARチームを所有しボブキャッツの部分オーナーでもある)は言う:「あの夜は、その後のホーネッツの試合で二度と会わない人々と会ったよ。彼らはバスケットボールを観に来たのではない。シャーロットのために来たんだ。シャーロットの輝く夜だった」
「試合前、私たちはフロアに立った。満場の喝采の中で、私は感動していた。おそらく、私の人生で最高の一日のひとつだったろう」

観客の中にはカロライナ二州の知事がいた。NBAコミッショナーのデビッド・スターンもいた。スターンは、ホーネッツは二階席を閉鎖しなくてはならないだろうと思っていた。新しい都市の開幕の夜、リーグは、テレビカメラが空席にフォーカスしてイメージを傷つけるのは許せなかった。

二階席の閉鎖というのはスターンの冗談だった?
ホーネッツの顧問弁護士から後にプレジデントになったスペンサー・ストルペン:「冗談ではなかったよ。当時のシャーロットの人口は80万人だ。それまでに、こんな大規模なショーは開催されたことがなかった」
サバテスも言う:「私たちは1万4000人ほどの観客を見込んでいた。それが、2万3000人だよ」

タキシードを着たオーナーたちは観客の世話をした。サバテスは、スポンサーの案内と、8つあるスカイボックスの御用聞きを任されていた。
場内の売店のいくつかはホットドッグとビールが品切れになった。

その後は、七週間後にマイケル・ジョーダン(現ボブキャッツ・オーナー)とシカゴ・ブルズが来るまでチケットは完売しなかった。

エクスパンション・チームを相手にしたことがなかったキャバリアーズは、まったく予想もつかない夜を経験した。13得点、10アシストしたマーク・プライス(現ボブキャッツAC)は言う:「あんな経験はしたことがないよ。試合終盤、うちがほぼ40点リードしていて、それでも、彼らが得点するたびにスタンディング・オベーションになるんだ」

キャバリアーズは133対93で勝った。それはクリーブランドの58勝の最初の勝利だった。もしホーネッツが勝っていたら、どうなっていただろう。

サバテスはコートの最前列に座っていた。ちょうど真向いにヘンドリックがいた。サバテスはポケットからマネークリップを引き抜き、空中にかざした。ヘンドリックは理解した。私たちの投資は成功するかもしれない。

試合後、ファンは長居した。コンコースに集い、友人を見つけ、今夜見たものについて語り合った。

NBAチームはホーム・ゲームを41試合開催する。ストルペンはアリーナを出ながら思った。「どうやってあと40回もこれを繰り返すんだ?」

シンと一行はランチハウスへ出かけた。シンはそのレストランの常連客だった。本来なら金曜日は午後11時閉店だが、その夜はシンのために奥の部屋が用意されていた。
誰もがどこかへ出かけた。私たちの初めてのメジャーリーグ・チームがお披露目され、私たちはそれを大いな喜びとともに受け入れた。シャーロットは今や、ニューヨークやロス、シカゴと同じリーグにいる。ホーネッツがその証なのだ。



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