Michael Jordan has not left the building (3)

あーうまくいかないなー。

◇◇◇◆◇◇◇

追憶はシャーロットでも続く。ジョーダンと親友のジョージ・コーラーは、一緒にiPadを囲んでジョーダンがシカゴで最初に住んだ家を探そうとしている。

ジョージが今ここにいるのは偶然の出会いがきっかけだ。ジョーダンが初めてシカゴの地を踏んだとき、ブルズからは誰もオヘア空港に迎えが来ていなかった。まだぽっと出の若者だったジョーダンは不案内な土地で緊張していた。若いリムジン・ドライバーが彼を見つけ、目的地まで車で送った。それがジョージだった。それから二人はずっと一緒にいる。一緒に長い時間を過ごした。ジョーダンはコーラーに全幅の信頼を寄せている。コーラーの電話に登録されている有名アスリートの人数は地球上の誰よりも多いかもしれない。ジョーダンを探す一番手っ取り早い方法がコーラーに電話することだから。

「どこを探しているんだ?」と、ジョージは尋ね、画面を指さす。

「エセックス・ドライブ」と、ジョーダンは答え、なじみの通りを見つける。「初めてここへ行ったとき、マクドナルドに寄ってマックリブを買ったのを覚えているよ」

その家には地下室があった。裏手にはチャールズ・オークリーが住んでいた。現在ボブキャッツの球団社長を務めるロッド・ヒギンスも。地下室にはホットタブ(*湯を満たした大型の浴槽・友人同士が一緒に入ってくつろぐなど)と、ピンポン台にもなるビリヤード・テーブルがあった。彼らは、ホイットニー・ヒューストンのファースト・アルバムを何度も繰り返し聞きながら何時間もプレーした。去年、ジョーダンが自分の弁護士でありチーム幹部でもあるカーティス・ポークと一緒にベンチに座っていたとき、ポークはヒューストンが亡くなったというメールを受け取った。彼女の死はジョーダンを動揺させた。ヒューストンと親しい友人だったというわけではなく、同年齢の彼女の死によって自分にとっても死は必然であることを気づかされたからだ。それは彼に、50歳とエセックス・ドライブでピンポンに興じた日々との隔たりを思い知らせた。

「連中は地下室で何度も戦ったものさ」と、笑いながらジョージは言う。
「俺とオーク」と、ジョーダンは答える。
ヒギンスも二人の横に立って彼らと一緒にマップを眺めている。
「ビリヤードでやっつけてやった」と、ジョーダンはロッドの方を向き、同意を求める。
「俺の見解は異なるが」と、ヒギンスは冷やかす。

エセックス・ドライブに面したそのタウンハウスの物語には、彼らが口に出さない翳りがある。息子のために地下室を改築したのはジェームズ・ジョーダンだった。それまでもずっと、自分にできることなら何でもマイケルに一文も払わせなかった父は、すべてを一人でやってのけた。暮らし始めて最初の冬、マイケルがオールスターゲームでシカゴを離れていた間にパイプが凍った。父は壁を引き剥がし、パイプを取り換え、壁を補修し、塗り直した。息子の家を修繕するのに二週間かかった。ジェームズとマイク・・・それは、始まった瞬間からすべてのノスタルジアが向かうところ。

親愛なる母さん、父さん・・・切手を送ってください。

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No title

宮地さんのtwitterで見ました~。
ホント、今でも童顔のままですねぇ。

考えたらもう45、6歳のオッサンなのに。(^_^;)
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