サム・ブーイの告白

そのうち読んでみようと思って1ヶ月以上たってしまった記事~。12月20日に放映される(された)ドキュメンタリーの中で(MJより先に指名されたことで有名な)サム・ブーイが、ドラフト前の身体検査で足の痛みを隠していたことを打ち明けた、というんですが。で、あちこちで「うそつき?」みたいに話題になっていましたけどね。もっとも、ブレイザーズはブーイを選ばなくてもマイケルを指名する気は全然なかったそうです。(^_^;)
私が読んでみたのは地元紙オレゴニアンの記事。

Sam Bowie denies lying to Blazers about his health before the 1984 NBA Draft (ざっくりてことで・・・)
By Joe Freeman, The Oregonian
updated December 12, 2012 at 8:22 PM

サム・ブーイは、トレイルブレイザーズ史上最も同情すべき人物、自分の責任ではない多くの怪我と手術に耐えたもろい足を持つ不運な選手か?
7フィート1インチのサイズとポテンシャルで、マイケル・ジョーダンよりも先に指名すべきだとブレイザーズに確信させた黄鉄鉱?
あるいは、1984年のドラフトの前に、自分の健康についてブレイザーズを欺き、病んでいる左足を隠した計画的な嘘つき?

「私が現役時代のポートランドの経営陣から、チームメイト、友人、家族まで、私を知っている人なら誰でも、私が誰かを欺いたり、だましたり、嘘をついたりしないことを知っている」と、ブーイはオレゴニアンによる電話インタビューで言った。「私はそんなふうに育っていない。他人が私についていろいろ言うのは自由だが、私自身は自分が(組織を)だましたとは思っていない」
「私は、ブレイザーズで15年プレーして、何回か優勝するつもりだった」

先週までなら、彼の誠実を疑う理由は少しもなさそうだった。ブーイの不運な、怪我に悩まされたキャリアは、長年にわたって詳しく焼き直されてきた。ケンタッキー大学の2年生のシーズンに不可解な左足の怪我でキャリアを脅かされる前、彼は大学バスケットボール界で最もエキサイティングな選手の1人だった。

ブーイは、予想より長引いたリハビリに耐え、5年目のシニアとして活躍し、アキーム・オラジュワンやチャールズ・バークリー、サム・パーキンス、ジョン・ストックトンらが名を連ねるNBA史上最高のドラフトの主要なメンバーとなった。ブレイザーズは2位指名でジョーダンより先にブーイを選んだ。その後のことは誰もが知っている。

前途有望なルーキーシーズン(76試合で平均10得点、8.6リバウンド)のあと、ブーイの足は3度の骨折に見舞われ、その後はブレイザーズで63試合しかプレーしなかった。ジョーダンは6回優勝し、殿堂入りのキャリアを送った。ブレイザーズ・ファンはずっとそのことに苦しんでいる。

このこと自体は何も目新しい話ではない。しかし、来週(12月20日)にESPNUで放送されるドキュメンタリー “Going Big,”の中で、ブーイは1984年のドラフト前に行われたプレドラフト・エバリュエーションで、ブレイザーズの医師団を欺いたことを明かしているのだ。彼は、ポートランドで受けた身体検査について語る中で、自分の左足のコンディションについてまったく包み隠さず話したわけではないことを認めている。
「今でも、医師たちが小さな木槌を手にして左脛骨を叩いたときのことを憶えている。私は、『何も感じません』と答えた。でも、本当は痛みがあった」と、ブーイはドキュメンタリーの中で語っている。「私のしたことが嘘をついたということで、誤った行いだったとしても、結局のところ、自分を必要としてくれる相手のことを気に入っていたら、誰もがそうしたのではないだろうか」

さらに、ブーイは明白なごまかしを謝罪しなかった。
「私は今51才で、足は正常ではない」と、ブーイは述べている。「私はとても誇らしいし、誰にも謝罪の義務があるように思っていない。肝心な点は、サム・ブーイはマイケル・ジョーダンの前にドラフトされ、それを受け入れなければならない、ということだ」

ドラフトから28年たった今でも、ブレイザーズ・ファンはブーイにフリーパスを与える気があった。怪我は起こるものだし、キャリアは狂うものだ。ブーイの波乱に富んだ過去を考慮すれば、ブレイザーズはリスクがあることを承知していた。
また、1984年当時、彼の選択は意味をなした。ブレイザーズは前年にクライド・ドレクスラーをドラフトしており、ジム・パクソンやキキ・バンダウェイを含む才能豊かなロスターを擁していた。チームの失われた環はセンターだった。ドラフト前の数週間、ジョーダンはブレイザーズのレーダーにさえいなかった。
殿堂入りコーチのジャック・ラムジーがドキュメンタリーの中で指摘したように: 「マイケル・ジョーダンの名前が口にされた記憶はない」

当時のブレイザーズの事実上の球団社長、ハリー・グリックマンは、ブーイの選択を批判したコーチやNBA幹部、メディア関係者は一人もいない、と言った。もちろん、これはブーイが自分の怪我の及ぶ範囲を隠したかもしれないことが明らかになる前の話だ。
「私がこのようなことを耳にしたのはこれが初めてだ」と、グリックマンはオレゴニアンに語った。 「私が知る限り、彼はチームドクターが出した健康証明書を持っていた。今回のことは本当に衝撃だ」

水曜日に、ブーイは、1時間のドキュメンタリーの1項が「釣合いを欠いて騒がれている」と、オレゴニアンに語った。そう、彼の脛骨には不快症状があった。しかし、彼の腕も、肩も、腰もそうだった。彼は全身に痛みがあったのだ。
彼は複数の医師と会い、ポートランドのプレドラフト検査の丸一日の間に、骨のスキャン、レントゲン検査、MRI、ストレス試験など一連の検査を受けたという。彼は叩かれ、つつかれ、エクササイズの鞭うち刑を受けた。最終的に、チームドクターのロバート・クックは、ブーイの健康を認めた。
「私の不快感は要点ではなかった。私は自分をドラフトしていない。私はNBAでキャリアを全うするつもりだった」と、ブーイはオレゴニアンに言った。「私が気にしているのは、何らかの意味で嘘つきと見られることだ。それはこれまでの私の行状や性格になかったことで、私は決して誰かをだまそうとか、計画的に嘘をつこうとか、傷つけようとかしたことはない。意図的にポートランド・トレイルブレイザーズの経営陣のところへ行って、自分の健康状態について真実と程遠い嘘を言うようなことは」

では、真実とは?

ブーイは、家族を養うための富と名声を確保するために自分の健康状態について事実と異なる説明をしたのだろうか? ドキュメンタリーが描いたように、彼は高校でスターになったとき、“The Million Dollar Kid”とサインし、母親に「僕はいつか大金持ちになる」からお金の心配をしなくてもいい、と約束している。

あるいは、ブーイは単に不運の犠牲者だったか? ドキュメンタリーの中で、ブーイの骨折は世界で35例しか報告されていないほど非常に稀なものだった、とクックは述べている。彼の3度目の骨折は、エキシビションゲームの前のウォーミングアップで起こった。一部の身体はたやすく壊れる。

「私はいつも、ポートランド・トレイルブレザーズのファンに申し訳なく思っていた」と、電話インタビューでブーイは言った。「ずっと、自分の身体が持ちこたえなかったせいで、ファンの期待を裏切ったように感じていた。私の目的は、自分のポテンシャルを発揮して優勝をもたらすことだった。私の唯一の後悔は、自分の能力をすべて発揮してポートランドにふさわしい勝利をささげられなかったことだ」

それで、 “Going Big”のあと、彼を見るブレイザーズ・ファンの目が同情すべき人物から嘘つきに変わったら?
「それは、マイケルのキャリアが成功し、私のキャリアが怪我のせいでそうならなかったという事実よりもつらい。ファンはいつも同情してくれたし、私はずっとそのことに感謝していた。彼らが、これ(フィルム)を観る前と違う考えを持つようになったとしたら、つらい。実際のドキュメンタリーやインタビューを見れば、一部をクローズアップした新聞記事を読んだときとは違う感想を持ってもらえると思う」

ブーイだけが真実を知っている。自分の足がどれくらい悪かったか、彼が「就職面接」と呼ぶプレドラフトの過程で、NBAチームに自分が健康だと確信させるためにどれほどのセールスマンでなければならなかったかを。ブーイはずっと以前に、自分が永久に失敗ドラフトとラベルを貼られる事実を受け入れた。NBA史上最高の選手の1つ前で指名されたばかりに。

おかしいのは――グリックマンは言った――ジョーダンはブレイザーズの2番目のチョイスでさえなかったことだ。
「ブーイを選ばなかったとしても、我々はジョーダンを指名しなかった。おそらく、チャールズ・バークリーを選んだだろう」

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ブルズのスカウトにとってはありがたかったが、トレイルブレイザーズはセンターの獲得に動いた。それが正解だと、誰もが思ったわけではない。ボビー・ナイトは相手チームのコーチとして大学時代のジョーダンと対戦し、1984年のオリンピックではトレーニングの初期にもコーチしてすっかり気に入っていたので、親しい友人でトレイルブレイザーズの人事を担当するステュー・インマンにジョーダンをドラフトするようしきりにすすめていた。
「だが、うちはセンターが欲しいんだ」とインマンは言った。
「ステュー、ドラフトでジョーダンをとってセンターをやらせろよ」と、ナイトは答えた。
(デイヴィッド・ハルバースタム著『ジョーダン』(集英社)より)


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