自慢の息子

MJ目撃情報:金曜日にシカゴのマイケル・ジョーダン・ステーキハウスにて。(Chicago Tribune
日曜日にシャーロットでカロライナ・パンサーズのホームゲームを観戦。(ESPN

とまぁ、こんなんじゃしょうがないので、もはや3ヶ月もたってしまったドラフト翌日の記事でも・・・
オブザーバーのソレンセンさんがマイケル・キッド=ギルクリストのお母さんを取材したものです。

Mother’s love speaks volumes for Charlotte Bobcats’ draft pick Michael Kidd-Gilchrist
By Tom Sorensen
Posted: Friday, Jun. 29, 2012

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(Jeff Siner - Charlotte Observer)

シャーロット・ボブキャッツは金曜日に2位指名のマイケル・キッド=ギルクリストを紹介する記者会見を開いた。継父のビンセント・リチャードソンや母親のシンシア・リチャードソンら、家族も一緒に訪れ、最前列の折り畳み式椅子に座っている。

母親は、自分の息子のことをバスケットボール選手としか知らない人々にどのように説明するだろうか。

「私の息子は、とても温かくて穏やかな心の持ち主です」と、シンシア・リチャードソンは言う。「とてもいい子だし、すごくやる気があるの。マイケルは素晴らしい人間…私が知っている中で一番素晴らしい人(beautiful person)よ。悪意というものがないのだから」

彼にガードされる選手に聞かせてやりたい。

キッド=ギルクリストのバスケットボールに対する熱意は歓喜に近い。しかし、バスケットボールについてメディアと話すとき、その喜びは消える。先週、およそ12人のスポーツキャスターや記者、カメラマンやフォトグラファーが、ボブキャッツの練習施設でオーディションを受けた彼を待っていた。キッド=ギルクリストは、怖がっているように見えなかった。おびえているように見えた。

彼は礼儀正しかったが、長めの答えを試みたとき、少しつかえて(どもって)、それから言うのをやめて、一言二言の答えに言い換えた。

彼は内気?

「いいえ、いいえ」と、リチャードソン(45歳)は言う。「本当に内気なんかじゃないのよ。社会的人格は内気ということかもしれない。でも、人前に出るのが嫌いなだけなの」
「メディアの相手をするのが上手じゃないのよね。その一部は話し方が原因で、ただ単に好きじゃないということもあるかもしれない。子供の頃に私たちがそうさせなかったことが大きな原因だと思うわ」

家族は、彼に対する注目を最小限に抑えて、キッド=ギルクリストが普通の静かな中学校生活や高校生活を送れるようにしようとした。本人もインタビューに興味がなかったため、そうすることは容易だった。

「あの子はとても不安になるの」と、リチャードソンは言う。

ただ、今後もインタビューを避け続けられるとは思っていない。

「プロになったからには、それも仕事の一部ですものね」

それでも、どもりながら聴衆と話すことを強要されるのはきついですね?

「あの子は小さい頃からどもりました」と、リチャードソンは言う。「ずっとね。正直なところ、成長してからは隠そうとしたと思う。メディアの前に立つのは、彼のシステムにとって不快なことだったでしょう。でも、受け入れてもらって安心したとも思います」

「でも、世の中には毎日目覚めることをありがたく思う人々がいることを知ってほしいと思うの」
「それと、どもることでつらい目にあっている人たちは、自尊心が持てずに苦しんでいます。マイケルは自分に自信を持っている。それが大勢の人の励みになると思います」

NBA最年少選手がここにいる。彼は18歳で、9月まで19歳にもならない。彼がどれほど背が高いか、どれだけエレガントか見てほしい。彼が生きる素晴らしい人生を考えてほしい。彼はどもるが、それを恥じていない。

だったら、どうして他の人間が恥じる必要がある?

「かなり長い間、医療言語療法士のところへ通いました。3年生から話す練習をしたけれど、吃音は治りません。それで、今は『ありのままの自分が好きだ』と言っていますし、そうであるべきです」

キッド=ギルクリストは、金曜日の記者会見を微笑みながらの挨拶で始めた。

そのうち、携帯電話/テープレコーダーが鳴り始めると、キッド=ギルクリストは自分がそれに答えなければいけないか冗談で尋ねる。

彼と2巡目指名のジェフリー・テイラーと、ボブキャッツのロッド・ヒギンス球団社長が着席し、リッチ・チョーGMはまだ来ていなかった。

誰が答えてくれるかという質問に、
「リッチかな?」と、キッド=ギルクリストは答える。「あそこに隠れているのが見えるよ」

彼は素敵な笑いを起こす。楽しい日だ。

キッド=ギルクリストは、彼の年齢では誰も経験しないような、そして経験するべきでない苦しい日々をくぐり抜けてきた。

父親のマイケルは2歳のときにニュージャージー州イースト・カムデンで射殺された。

その後、彼の父親代わりになったシンシアの弟のダーリン・キッドは、2010年11月、キッド=ギルクリストがケンタッキー大学進学の同意書にサインした日に心臓発作で42歳の生涯を閉じた。

「あれは息子が負った2度目のトラウマでした」と、リチャードソンは言う。「しかも、ああいう大事な日に・・・」

当時、マイケルの名字はギルクリストだった。彼はおじへの敬意としてキッドを加えた。キッド=ギルクリストには、まだ母親と家族とバスケットボールが残っていた。彼はバスケットボールが大好きだ。子供の頃、旅行先にジムが見つからなければバケーションにも行きたがらなかった。どうしてもそこでバスケがしたいとせがんで、ニュージャージー州の自宅から74マイル(≒119km)離れた有名校、セント・パトリック高校に通った。

午前6時に自宅ドライブウェイでの練習を切り上げ、学校へ向かう。午後8時か9時、試合がある日はもっと遅くにドライブウェイに戻る。

車で送り迎えするのは大変だったが、彼を育てるのは楽だった。

「宿題をするように言ったことさえありません。トラブルなど何一つなく、本当に手がかからない子でしたよ」と、リチャードソンは言う。「なぜなら、あの子は、バスケットボールができるのは自分の当然の権利なんかじゃなくて特権だと自覚していたからです。待っているだけでは何も与えられない、何を得るにも努力しなければならない、それを理解しています」

今、彼はそのために努力したNBAでの仕事を手に入れ、新しい町と新しいファミリーを持った。

「シャーロットはマイケルの性格にピッタリだと思うわ。サザン・ホスピタリティーが感じられて、本当に素晴らしいところですもの」

記者会見のあと、キッド=ギルクリストは、さらに一連のインタビューを受けるために歩いて行った。彼は途中で出会った人全員に手を差し出し、「マイクです」と自己紹介した。

ボブキャッツのキャップをかぶったビンセント・リチャードソンは、くつろいだ様子で妻の話を聞いている。彼はトラクタートレーラーを運転する労働者だ。椅子の背にもたれながら彼は言った:「楽しいドライブになりそうだね」

弟同然にしている、亡くなったダーリン・キッドの息子(つまり従弟)と継父と母。
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(Matt Rochinski / bobcats.com)

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