新HC会見その2

共同記者会見のあと、オブザーバーとの単独インタビューで語った内容もまとめ。

Charlotte Bobcats begin Steve Clifford chapter

スティーブ・クリフォード新HCの譲れないこと:
「ディフェンスについて他に何かを約束することはできないが、トランジションからの得点は簡単にギブアップしない」
「そこは譲れない。我々は可能な限り速いテンポで走るつもりだが、走る前に全員でリバウンドに行く。トランジション・バスケットをギブアップしない」

51歳のクリフォードはボブキャッツの10年の歴史で6人目のコーチになる。ディフェンス志向のコーチという点では前任者のマイク・ダンラップと似ているが、一時間のインタビューをして、2つの重要な分野でダンラップと異なっていた。
彼は、若手と同じくらいベテランも強化するつもりであることを強調している。そして、NBAのプロを扱う際に、選手を怒鳴りつけることで多くの目的をかなえるとは考えていない。
ダンラップは何人かのベテランと何度か対立した。自分の仕事は主に若手の育成だと述べていた。
クリフォードは、ベテランのベン・ゴードンやブレンダン・ヘイウッドに役割を見つけることが自分の他の任務と同じくらい重要だと言った。そして、絶えず選手に怒鳴るのは時間の無駄だと考えているとも。
「相手の年齢によって怒鳴るようなことはしない」と、クリフォードはNBA選手について言った。 「彼らは男だ。フラタニティのパーティーに行く19歳の大学二年生とはまったく人生経験が違う」

クリフォードがNBAのヘッドコーチを務めるのは今回が初めてだが、それは、ニューヨーク・ニックス、ヒューストン・ロケッツ、オーランド・マジック、ロサンゼルス・レイカーズのアシスタントとして13シーズンの経験を重ねたあとでもある。 彼は、ヒューストンのジェフ・ヴァンガンティやオーランドのスタン・ヴァンガンディと密接に働き、鬼のように接さずとも選手たちに責任感を持たせることはできるという信条を育んだ。
「選手たちがコーチをリスペクトし、勝利に献身するという関係を築けなければ、今あなた方が目にしているものは手に入らない」と、現在プレーオフで勝ち残っている3チームに言及した。
「その一部はコーチングで、一部はright guysをそろえることだ」
過去2シーズンの28勝120敗という成績にもかかわらず、クリフォードは自分のロスターに何人か「right guys」がいると考えている。自分が求める競争心の強い選手として、ケンバ・ウォーカー、マイケル・キッド=ギルクリスト、ビスマック・ビヨンボと、特にジェラルド・ヘンダーソンに言及し、ヘンダーソンのペルソナを表現するのに「エッジ」という言葉を使った。

スモールフォワードのキッド=ギルクリストは、むらのあるルーキー・シーズンを送ったが、クリフォードは彼に多くのポテンシャルを見ている。
「彼は絶対的なロックダウン・ディフェンダーになれると思う。それは大したことだ」
そして、19歳のキッド=ギルクリストには、シューティングガード、スモールフォワード、パワーフォワードをカバーする力があると付け加えた。
「それから、彼はボールをバスケットに持っていくことができる。素晴らしいカッッティングの才覚がある。まだ(長距離)シューターではないから、それは重要だ。彼が得点できる方法を研究するのは私たちコーチの仕事だ」

クリフォードには、先週のボブキャッツの面談に備える時間が約二週間あった。そして、ボブキャッツとの面談を終えると、月曜日にはミルウォーキーで2度目の面談が予定されていた。
ミルウォーキーの関心は明らかにボブキャッツを行動させた。土曜日、ロッド・ヒギンスはクリフォードのエージェント、スティーブ・カウフマンに交渉を開始する電話をかけた。
シャーロットでの最初の面談に備える間、クリフォードは今シーズンのボブキャッツの試合を多数観察し、プレースタイルを作り始めた。
オフェンスについては、「我々は、効果的にプレーできる最も速いテンポでプレーする」と言った。「このチームは速くプレーする必要がある。選手たちの強みを活かすべきだ。ケンバはオープンコートで強力だ。MKGも。ヘンダーソンは速い。ビスマックはランナーだ」
ディフェンス面では、トランジションで戻ること以上に2つのことにこだわる:愚かなファウルを犯さないこと、ビッグマンだけでなく全員がリバウンドに責任を持つこと。
「ファウルをすれば相手の得点につながる。それと、全員がヘルプとリバウンドを心掛けることが重要だ」

New Bobcats coach Steve Clifford sure sounds optimistic about the roster

スティーブ・クリフォードは、私やほとんどのNBAエグゼクティブよりこのロスターを高く買っている。
「ここには生まれながらのコンペティターがいる。ケンバ、MKG、ビスマック、そして、私は以前からジェラルド・ヘンダーソンのファンだった。彼にはエッジがある」
「最年長のジェラルドで23歳だから、みんな若い。まだこれから大きく伸びる可能性がある年齢だ。しかし、すでにその構えはある。競争心の強さは持って生まれたもので、コーチに作れるものではない。そういう選手を15人揃える必要はないが、チームに何人か存在すれば大きな違いになる。我々は素晴らしいカルチャーを持てる」

ボブキャッツは2011年にビヨンボ、2012年にキッド=ギルクリストという最年少選手をドラフトした。コーチにとってそれは痛し痒しであるか。
「彼らは19歳と20歳だと思う。まだ天賦の素質から始めている年齢で、二人ともそれはそれで優れている。だから、選手の育成がとても重要なんだ」
「夏の間中、若手だけでなく、ベン・ゴードンやブレンダン・ヘイウッドも。彼らは昔に戻れるか? ベンはシカゴ時代の自分を取り戻せるか? ブレンダンは以前のようにリムを守れるか? 若手にだけ取り組んでいればいいわけではない。ベテランの選手にも、若手を教えることだったり、コート上で自分の役割を果たすことだったりという、それぞれの役目がある」

新HC会見

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(DAVID T. FOSTER III / Charlotte Observer)

Bobcats.com  Press Conference Part 1 | Part 2 | One-on-One

相変わらずオブザーバーの記事をメインに読んでます。(まあ、こんなところだろうか・・・)

Steve Clifford's hiring as Charlotte Bobcats' head coach was 13 years in the making
アシスタントコーチとして13シーズン過ごしている間、ヘッド・コーチ候補として真剣に調査されたことはほとんどなかったが、自分がヘッドコーチになるときが来るのかどうか本気で思い巡らしたことはない。
「ジェフ・ヴァンガンティから、『君の最大の長所が君の最大の欠点だ』と言われたものだ。そして、私の欠点の1つが、野心がないことだと」と、水曜日の記者会見でクリフォードは言った。
「私は、ヘッドコーチになりたいのと同じくらい、コーチやスタッフと一緒に働くことや、そうやって経験を重ねることに満足していた。私はNBAが好きだ。正直に言って、ヘッドコーチになれるかどうか考えて睡眠不足になったことは一度もない。私は常に、ただ仕事が欲しかった。働いていたかった」

クリフォードは、ニューヨーク・ニックスでヴァンガンディのスタッフに加わった2001年からNBAのアシスタントを務めてきた。2003年から2007年はヒューストンへ移り、その後は2012年までオーランドに所属した。昨年、ポートランドのヘッドコーチに考慮されたが、レイカーズのアシスタントの仕事を引き受けた。
「良いアシスタントでいたければ、たとえどこにいようと、毎日自分にチャレンジしなければならない。衰えたくなければ、有能でいたければ、毎日準備ができているように取り組まなければならない。選手たちとビデオを見るとき、自分に準備ができていなければ向上できない」

彼は会見中、何度も「チャレンジ」という言葉を口にした。ここには、フランチャイズをNBAの底辺から脱出させるという明らかなチャレンジがある。また、アシスタントからヘッドコーチにスライドするチャレンジもある。そして、彼にはNBAでのコーチング・キャリアの初期に受けた忘れられないアドバイスがあり、シャーロットでそれを生かすつもりだ。
「私がニックスに行ったのはジェフに雇われたからだが、(プレジデントの)デイブ・チェケッツと会う必要があった。彼は私に、自分は30人の最高のプレジデントの1人かどうかわからない・・・あるいは、ジェフが最高のコーチの1人かどうかも。それはジャッジできない。我々が知っているのは、彼らが最高の選手たちだということだ。このリーグにとどまりたければ、それを決して忘れないように。選手たちの手助けができれば、君は組織にとって価値がある、と教えてくれた」

New Bobcats coach Clifford: I'm inexperienced, but I have a vision
スティーブ・クリフォードにはビジョンがある。
彼は、攻守にバランスがとれたチームを育てるつもりだという。
「良いコーチにはクリアで明確なビジョンがあると思う・・・私にはそれがある」
「私は、適正量のコミュニケーションと適正量の仕事が一団の選手のためにできることを見てきた。進路とビジョンをセットするのはコーチの仕事だ」

クリフォードは、ディフェンス志向のコーチとして分類されたくないと言ったが、現代のNBAにおけるディフェンスの重要性は絶賛した。
今シーズンの失点でトップから6位のチームはプレーオフに出場している(ボブキャッツは29位)。
「事実を見れば、バランスが勝利する」と、クリフォードは言った。「私は、自分の経歴ゆえに皆からすべてはディフェンスだと言われているが、それは必ずしも真実ではない。バランスのとれたチームが、まだプレーしている。それはどのチームにとってもチャレンジだ。それは、人材を活用し、適切なラインアップを置くことだと思う」


クリフォード新HCのこと

正式な記者会見は水曜日だそうです。
今度のコーチは対人スキルが高い人らしい。

Charlotte Observer: New Bobcats coach a people person

2007年から2012年までの6年間、スタン・ヴァン・ガンディはスティーヴ・クリフォードのボスだった。彼は、予想可能なあらゆる面でシャーロット・ボブキャッツの次期コーチを称賛する:能率が良く、細部に気を配り、戦術的に革新的な・・・

そのあと、クリフォードのプロフィールで何が特徴的か尋ねると、
「彼を際立たせるのは、バランスを取れるということだ。彼は要求が厳しい。しかし、人と接するのがすごくうまい。魅力的な人柄の持ち主だよ」

ボブキャッツは水曜日にクリフォードを第6代ヘッドコーチとして正式に発表することになっている。NBAのどのチームのコーチにとっても対人スキルは重要だが、おそらく、クリフォードが引き継ぐロスターにとっては特にそうだろう。

前任者のマイク・ダンラップは1シーズンで解雇された。ダンラップの技術スキルにもかかわらず、選手たちへのアプローチがその運命を決めた。彼の荒い性格は、しばしば一部の選手たちを遠ざけた。

クリフォードは、欠陥が多いチームの修正と、過去2シーズンで28勝120敗だった選手たちの士気に気を配ることをうまく両立させなければならない。

ヴァン・ガンディは、クリフォードにはそれができると言う。
「スティーブにはフォワード陣と個別に働く仕事が割り当てられていた。ヒド・ターコルーは非常に才能のある選手だが、怠惰になることもあった。スティーブは少ない(ビデオ)クリップで(誤ったプレーを)気付かせることが素晴らしくうまかったよ」

それは、クリフォードが大好きな指導ツールの1つだ:ビデオは嘘をつかない。彼は、特定の選手の50のプレーを3つ以上、しかし5以下の抜粋に編集する。自分のラップトップを持って静かに選手に近づき、誤ったプレーと正しい方法の目に見える証拠を示し、そして立ち去る。

それはコミュニケーションの簡潔さ(エコノミー)と呼ばれ、5日で4試合することもあるNBAには不可欠だ。シーズン中しばしば、コーチは練習コートで選手たちを45分以上効率的に働かせることはできない。クリフォードは自分が見たことのすべてを二、三の重要な修正個所に精製するこつを会得している、とヴァン・ガンディは言った。

「他には、スティーブはいつ強くプッシュして、いつジョークを飛ばせばいいか分かっている。・・・彼はとても落ち着いていて、5連敗しても5連勝しても同じ人間だ。『俺たちは腐ってる!』も『俺たちはグレートだ!』もない」

Lots of stops

確かに彼は、自分の個性を多くの異なる状況に適応させてきた。ファーミントンのメイン大学(州の西部にある小さな教員養成大学)でポイントガードとしてプレーしてから、高校のコーチ、5つの大学のアシスタント、ディビジョンllのヘッドコーチ(ロングアイランドのアデルファイ大学、4シーズンで86勝36敗)、NBAの1チームでスカウト、3チームでアシスタントというキャリアの中で。

ファーミントンはNBAのタレントが通うような場所ではない。当時はNAIAに所属していた(現在はNCAAディビジョンlll)。約2000名の学生の半数は教員養成課程で、クリフォードは特殊教育専攻だった。

体育館の収容人数はせいぜい600人。大学のスポーツ・インフォメーション・ディレクターは古いスコアブックでクリフォードのスタッツを見つけてくれた。彼の最後の3シーズンの間、クリフォードは1試合約3得点、4アシストという成績だった。FGは48パーセントだが、3シーズンで250得点という成績から、シュートを撃つのが役割でなかったことは明らかだ。

ニューイングランドで高校のコーチを2シーズン務めた後、クリフォードは一連の大学の仕事(いろいろなサマーキャンプのネットワーク作り)をした。そこで彼はディビジョンllのアシスタント、ビル・ヘリオンと出会った。彼はクリフォードの大学時代の最後のボスだ。

ヘリオンは1999年にイーストカロライナのコーチで、クリフォードをアシスタントに雇った。今までクリフォードがノースカロライナ州で働いたのはその時だけだ。そこには1シーズンしかいなかったが、へリオンはクリフォードのリクルーターとしての粘り強さに感銘を受けた。

アルゼンチンと多少のコネがあったクリフォードは、コロニアル・アスレチック・アソシエーションで先発できるし、カンファレンスUSA(そこではパイレーツを率いた)のローテーション選手には十分優秀なフォワードのことを耳にした。

「彼は、その選手、ガブリエル・ミクラスのトライアウトを見るために一人で出掛けて行った」と、現在ニューハンプシャーのコーチをしているヘリオンは言った。「私は彼のプレーを見たことがなかった。本人がここへ見学に来たとき、95度(摂氏35度)の気候にジーンズでね。私はスティーブに、『こいつは本当に選手なのか?』と聞いたよ」

はい、と、クリフォードは懇願した。そして、彼の直観は完全に正しかった:ミクラスは、最初のシーズンに平均15得点し、コロニアル・アスレチック・アソシエーションの新人王に選ばれた。

その学年度の遅く、ヘリオンはニューヨーク・ニックスのジェフ・ヴァン・ガンティHCから、クリフォードをアドバンス・スカウトとして雇いたい、とすまなそうに言う電話をもらった。それはクリフォードの最初の大きなステップだった。

Defense-yes, but not exclusively

ジェフ・ヴァン・ガンティは、2003年にヒューストン・ロケッツでクリフォードをアシスタントにした。ジェフがヒューストンを辞めたあとは、兄のスタン・ヴァン・ガンディが2007年からマジックでクリフォードを雇った。クリフォードはオーランドで、80年代に高校のコーチをしていた頃から知り合いのブレンダン・マローンと同僚として再会した。マローンは、クリフォードのチームは「ディフェンス第一」だが、クリフォードをディフェンスのスペシャリストと定義することには警告した。

「我々はフットボールのコーチではない。我々は攻守に渡る指導法を知っている」と、マローンは言い、クリフォードのディフェンスへのアプローチは見かけ倒しではないと付け加えた。

「彼は初日に、いくつか非常に基本的な原則を導入する:フロアを収縮し、レーンを閉ざし、ジャンプシューターを締め出し、そしてリバウンド」と、マローンは言った。「彼は、エラーショットをすぐ取り返すことを高く評価する」

それはかなりベーシックなことに思えるが、彼はそれを口頭で指示するだけではない。ディフェンスは反復だ。練習の中で繰り返し、繰り返し、繰り返す。彼は、こういったことは頭で考えるのではなく、反射的にプレーできなければならないというメッセージを送るのがうまい。そして、トレーニングキャンプだけでなくシーズン中もずっとそれに取り組んでいく」

ヴァン・ガンディやヘリオンと同じくマローンも、クリフォードにはそのような仕事を選手たちに苦役と思わせない対人スキルがあると言う。
「彼には素晴らしいユーモアのセンスがあるし、陽気な男だ。選手との関係に関して、彼は最高だ」と、マローンは言った。「大きなエゴがないコーチで、自己宣伝はしない。しかし、もっと早くこの機会が与えられるべきだったと思う」

コーチ決定

ボブキャッツ新HCにレイカーズのS.クリフォードACが就任

ISM 5月28日(火)14時39分配信

 ロサンゼルス・レイカーズでアシスタントコーチ(AC)を務めていたスティーブ・クリフォード氏が、シャーロット・ボブキャッツの新HCに就任することが現地27日、分かった。関係者によると、ボブキャッツとクリフォード氏は3年間契約で合意に達したという。
 ボブキャッツは、今季21勝61敗とリーグワースト2位の成績で終えたことを受け、シーズン終了後にマイク・ダンラップ前HCを1シーズン限りで解雇していた。クリフォード氏は、2007年以降で6人目のHCとなる。
 クリフォード氏は、ニューヨーク・ニックス、オーランド・マジック、ヒューストン・ロケッツ、レイカーズでACを歴任。マジックでは、2009年にスタン・ヴァン・ガンディ元HCのスタッフとしてNBAファイナル進出を果たした。HCとしての起用は、今回が初めてとなる。
 クリフォード氏は、レイカーズと契約が2013-14シーズンまで残っていたが、チームは他球団との面接の許可を与えていた。


今回はNBA経験が豊富な人を選びましたね~。
まだ公式発表ではないが合意に達したということで、第一報はやはりエイドリアン・ワジノロスキーらしい。
3年契約の3年目はチームオプションのようで、合計約600万ドルとのこと。

クリフォード氏はバックスのHC選考のファイナリストでもあって、火曜日にミルウォーキーで2度目の面談が予定されているので、ボブキャッツが月曜日に先手を打ったみたいです。

で、オーランドで親しい同僚だったパトリック・ユーイングをトップアシスタントにするんじゃないかと。
あと、NBAでのヘッドコーチ経験はないけれど、ディビジョンllの大学で20勝を4シーズン達成しているそうな。
Yahoo! Sports

オブザーバーはクリフォード氏に近い関係者から確認を取っていて。
Source: Lakers assistant Steve Clifford is Bobcats' new coach

0527steveclifford-1.jpg (File: AP Photo/Steve C. Wilson)
2007年4月28日ロケッツ@ユタ、トム・シボドーAC、ジェフ・バン・ガンディHC、スティーブ・クリフォードAC

・ジェフ・ヴァン・ガンティはスティーブ・クリフォードをよく知っている。
「Thibs(トム・シボドー)がそうだったように、スティーブ・クリフォードを選ぶのに頭を悩ませる必要はない。クリフォードは見落されてきた。まるでThibsのように。彼もなかなか認知されなかった」
「私はずっと、クリフォードは自分のチームから最大限の力を引き出すから、雇ったGMや組織は大儲けだろうと言ってきたのだが」

・クリフォードに近い関係者は、過去13年間NBAでアシスタントコーチを務めてきたクリフォードがボブキャッツの第6代コーチになったことを認めた。

・前任者のマイク・ダンラップと同じくNBAでのヘッドコーチ経験はないが、ダンラップはキャリアのほとんどを大学で過ごし、NBAのアシスタント歴も2シーズンしかなかったのに比べ、クリフォードは過去10年のほとんどをベテランのヘッドコーチ、ジェフとスタン・ヴァン・ガンディの下で働いてきた。

・2003年から2007年はヒューストンでジェフ・ヴァン・ガンティの、2007年から昨シーズンの終わりまではオーランド・マジックでスタン・ヴァン・ガンディのスタッフだった。その後、レイカーズのマイク・ブラウンがディフェンシブ・コーディネーターとして雇い、ブラウンの後任のマイク・ダントーニはリード・アシスタントとしてクリフォードをキープした。

・ヒューストン、オーランド、ロサンゼルスで10シーズンのうち9回プレーオフ進出。

・50歳のクリフォードにはシボドー(彼がシカゴのコーチになってから3シーズンで、ブルズは2度ディビジョン優勝している)と同じくディフェンシブなバックグラウンドがある。

・オーランド時代はパトリック・ユーイングと親しく仕事をし、ボブキャッツのスティーブン・サイラスACともつながりがある。サイラスはオフェンシブ・スペシャリストとしてスタッフに残るかもしれない。

足跡@シカゴ:バート・センター

今日のエピソードは残念ながら全部知ってた。 (´・ω・`)ガッカリ

MJ's Chicago footprints:シェリ・バート・センター
chi_sheri_370.jpg (Wayne Drehs / ESPNChicago.com)

2日前、彼らは死にそうな目に遭った。

1995年3月4日土曜日の夜、フィラデルフィアで試合を終えて帰途に就いたブルズは、シクサーズに勝ったあとでもまだ5割を1勝下回り、チームのアイデンティティも固まっていないような状態だった。マイケル・ジョーダンがバスケットボールから引退して2シーズン目。不振というほどではなくても、決して“あのブルズ”ではなかった。

シカゴへ帰るフライトで、キャビンの気圧が低下し、数秒のうちに機体は3万5000フィートから1万フィートに急降下した。夕食のトレーはすっ飛び、頭上から酸素マスクが落ちてきた。

結局、飛行機は問題なく着陸し、翌日の休養日をはさんで、その年からブルズで働き始めたばかりの若い広報アシスタント、トム・スミスバーグは、平凡なシーズンのありふれた練習を予想しながらバート・センターへ出勤した。

「ドアをくぐって、まだコートも見ないうちに何かが違うと感じた」と、スミスバーグは言った。「練習中の選手たちのノイズがいつになく騒がしかったんだ。トレーナールームへ行くと、(トレーナーの)チップ・シェーファーと(エキップメント・マネージャーの)ジョニー・リグマノウスキーが幽霊を見たような顔になっていた。何があったか尋ねても誰も何も言わなくて、だからフロアへ出て行ったら、そこにはブルズのショーツとTシャツを着て元チームメイトの上からダンクをかましている、まさにマイケルがいたんだ」

現在、シカゴ・ベースのTeamWorks Mediaの主要パートナーであるスミスバーグは、今でも鮮やかに覚えている。

「3月のいつもと同じ日だった。ブルズはかろうじてプレーオフへ進み、でもファーストラウンドを勝ち抜くことはなさそうだった。ひどい空の旅もあった。フランチャイズはまだ高く評価されていたけれど、今にも衰えていきそうだった」

「そして、この瞬間にすべてが変わったんだ。それからの4年間、フランチャイズ全体が変わった。エネルギー・レベルもムードも、マイケルが入ったその日、違いは明白だった」

フィル・ジャクソンは、「ほんの少し前」から、ジョーダンが練習に来て「自分がどの程度やれるか確かめる」つもりであることを知っていたという。しかし、選手たちは知らなかった。

「だから、非常にドラマチックだったよ」と、ジャクソンは言った。「当時、マイケルとプレーした経験がある選手は2人か3人(スコッティ・ピッペン、B.J. アームストロング、ウィル・パデュー)いただろうか。彼らは、マイケルのプレーや練習のやり方に不安がなかった。トニー・クーコッチやスティーブ・カーのような他の選手たちにとっては、まったく新しい事態だった」

カーにとって、その瞬間は「非現実的だった。ちょっとの間、全員がショックを受けていた」
「彼が復帰を考えているという噂はあったし、チーム内でもその噂を話題にしたことはあったけれど、前もって何も知らされていなかったからね」と、カーは言った。「フィルも教えてくれていなかったと思う」
「私たちは当時、ほとんど死んでいた。マイケルの復帰は究極の強壮剤だった。マイケルがいれば何でも可能だった」

8回の練習、復帰後5試合で55得点したように。しかし、熱烈に期待された4度目の優勝は、イースタンカンファレンス準決勝でオーランド・マジックに2勝4敗で敗れ、叶わなかった。

その夏、ジョーダンは『スペース・ジャム』の撮影現場に練習場を設置し、ピックアップ・ゲームに明け暮れた。「そして、やる気満々でキャンプへ来たよ」と、カーは言った。「とにかく、強烈さを感じた。そこには全力での競争と興奮があった」

あるスクリメージでは、少しばかり感情的になり過ぎた。

「ベンチメンバーがスターターと対戦して、私たちは葬られつつあり、マイケルはトラッシュ・トークをしていた」と、カーは言った。「明らかに群れのメンタリティーだったと思う。彼はリーダーで、誰がボスか他の全員に思い知らせようとしていた。彼がリーダーであることを認めるのに問題はなかったよ。それは当然のことだったからね。でも、私の中で、彼は一線を越えたと思ったのかもしれない。そして、立ち向かう気になった」

「プレーはフィジカルになり、彼は盛んにトラッシュ・トークを浴びえ、次に気がついたとき、私たちは取っ組み合っていた。それはある意味、通過儀礼のようなものだったのだけれどね。彼は、相手がどのように反応するか確かめるために挑発するんだ」

チームメイトが二人を引き離し、カーは目の周りに青あざを作った。

「明らかに、彼は私を殺すことができたよ」と、カーはジョーダンとの体格差(3インチ、35ポンド)に言及した。「クレージーな場面だった。私は練習をやめて帰ったが、家に着いたら、すでに彼から謝罪のメッセージが入っていたんだ」
「その後の私たちの関係は素晴らしいものだった。私は彼の敬意を得たと思う。それは奇妙に聞こえるかもしれない。でも、誰が彼のやり方に異論をはさめるかい? 私はその結果として3つの優勝リングを手に入れたのだから」

-- Melissa Isaacson


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このフライトの異常の話はサム・スミスの『Second Coming』にもあって、以前使っていたチャーター便の会社がプロスポーツ・チームのチャーターをやめたので、ブルズは94年から、引退した民間航空機の使用に切り替えた(選手たちは、こんなことまで節約していると不満に思っていた)。で、いつもドッタンバッタン危なっかしい飛行が続き、この異常の後でピペンはチームメイトに飛行機のボイコットを呼びかけたけれども、誰も同調してくれない。「みんな、クビに不安な連中ばかりで、怖がって何も言えないんだ。でも、言っとくが、マイケルはあんな飛行機で飛びはしないぞ」と。で、マイケルが復帰する頃には、チームは元のチャーター会社を使っていたと。(笑)

足跡@シカゴ:MJの弱味(笑)

ESPN Chicagoの特集記事から再び。
知っているエピソードもあるけど知らなかったエピソードを知るのは楽しいです。

MJ's Chicago footprints:最初の家
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(Wayne Drehs / ESPNChicago.com)

人生で最も重要な就職面接のためにマイケル・ジョーダンのタウンハウスを訪れた日、ティム・グローバーは自分が履いているシューズのブランド以外にもっと考えることがあったのだ。

彼は90分もらった。世界屈指の身体能力に恵まれたアスリートに、イリノイ大シカゴ校でプレーした元ディビジョンIのバスケットボール選手で4年前に運動科学で修士号を得た自分が、彼の身体を作り直し、彼のゲームを次のレベルへ進ませることができると信じてもらうための90分。

「彼は、30日間試すと言った」と、グローバーは1989年のその午後について言った。「で、30日が15年になったわけだ」

最も重要な選手が部外者と働くことをブルズは嫌ったが、グローバーはMJのパーソナル・トレーナーになった。 ジョーダン宅の地下室の狭いスペースで、彼はMJを肉体的限界までプッシュした。そうすることは、ジョーダンとブルズが成功する重要な舞台裏の一要因になった。やがて、スコッティ・ピッペン、ロン・ハーパー、ランディ・ブラウンや他のメンバーがジョーダンの早朝のトレーニングに加わるようになり、グローバーは『ブレックファスト・クラブ』という呼ばれたワークアウトを監督した。彼は、245ポンド(111kg)のショルダー・プレスをするジョーダンを驚きで見守る。デトロイト・ピストンズを克服し、野球をし、バスケットボールに復帰して、さらにもう一度バスケットボールへ戻るために、ジョーダンを訓練し続けた。

ジョーダンが6度のチャンピオンシップに勝ち、おそらくNBA史上最高の選手へと進む間、グローバーはアタック・アスレチックス(世界有数のアスレティック・トレーニング企業)を作る。グローバーのクライアントのリストは現在、コービー・ブライアントやドウェイン・ウェイドからアレックス・ロドリゲスやドノバン・マクナブまで含んでいる。

それはすべてあの90分から始まった。自分に仕事ができることをジョーダンに納得させた90分。ミスター・ナイキの家にコンバースを履いて訪れたにもかかわらず。
「彼から、『今度来るときは、コンバースを履いていないことを確認してから来るように』と言われたんだ。私は二度と過ちを繰り返さなかった」

-- Wayne Drehs


MJ's Chicago footprints:エンジェル・ガーディアン・ジム

1984年のある夜、チームの練習場だったエンジェル・ガーディアン・ジムを最後に出たルーキーのマイケル・ジョーダンとチームメイトのロッド・ヒギンスは、いきなり驚いた。

「大きな犬の吠え声がして」と、ヒギンスは言う。「辺りは本当に暗くて何も見えなかった。そして、巨大な犬が、ジャーマン・シェパードだと思うが、いきなりこっちへ向かってきた。私たちはすぐ走り始めたが、先に犬の姿を見たマイケルは肘で私を押しのけたんだ」

「犬から逃れようとした私たちは、私の車の周りを回り始めた。マイケルがボンネットに飛び乗り、私も続かざるを得なかった。今にも襲われそうだったから」

25年後、ヒギンスは少しうめいた。

「82年型のBMWだったんだよ。ボンネットはボコボコさ。本当に怖かった。でも、それっきりあの犬を見たことはない。そして、私はマイケルに私を押しのけたことを忘れさせなかったよ。マイケルの反撃は、『自分の面倒は自分でみろよ。俺はバスケットボールは扱えるが、吠えるジャーマン・シェパードの扱い方など知らん』だったが」

-- Melissa Isaacson


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だからロッド・ヒギンスはクビにできないんだ?(^_^;)

息子に生まれて

祝☆50歳記事の中から次男マーカスのインタビュー。(だいたい)

Growing up Michael Jordan's son

初めてバスケットボールで父親に勝ったとき、マーカス・ジョーダンは16歳の高校2年生だった。今、22歳になったマーカスは、宮殿のようなシカゴの自宅のジムで行われたゲームのスコアを覚えていない。
「勝ったことに夢中で」と、笑いながら彼は言う。「それはもう、最高の気分だったよ。本当に興奮して、『やったぜ!』って感じだった。それまで練習に費やした時間が報われた気がした」

それで、父親の反応は? すぐにトップ・オブ・ザ・キーへ行き、ボールをチェックし、新しいゲームを始め、勝った。
彼らはそれから対戦していない。
「彼の勝ち逃げだよ。僕はもう一回チャンスが欲しい」

マイケル・ジョーダンの競争心は伝説的だから、たぶん、この物語は多くのファンを驚かせないだろう。マイケル・ジョーダンの負けず嫌いは邪悪さと紙一重だ。2009年の殿堂入りスピーチを覚えているだろうか? 彼はブライオン・ラッセルやジェフ・ヴァン・ガンディの古傷に塩をすり込むことに多くの時間を費やした。話題が家族のことになったとき、ジョーダンは子供たちに「私はお前たちになりたくない」と言った。

確かにそうだ。マーカス・ジョーダンは、自分の父親が支配し、革命をもたらしたスポーツをして育った。彼は、父の名前と時間を世界と共有しなければならなかった。父親との大好きな思い出を尋ねると、マーカスは、シカゴ・ブルズが4度目の優勝を達成したあとのロッカールームについて話した。彼は当時6歳で、大勢の報道陣と大量のシャンパンが強い印象として残っている。

マーカスの見せ場――16歳で史上最高の選手を負かしたこと――は、もう一つのゲームともう一つの負けで終わり、それが、芽を出しかけた父と息子のライバル関係の終わりだった。典型的なMJ。

マイケルが亡父に優勝トロフィーを捧げたことはよく知られているが、マーカスは、文字通りすべてを持つ男のために何を調達したらいいか考えなければならない。今週末の父の50歳の誕生祝にはシガー・トーチを贈ろうと考えている。
「何か使うものをあげたいんだ」と、マーカスは言う。

ヒューストンで行われるパーティーが終わったら、マーカスは『Ordain』と呼ぶ服飾ビジネスに取り組むつもりだ。ZaraやH&M のようなエッジーで快適なアパレルを目指し、ファッション業界に革命をもたらした人物に自分の計画をプレゼンするつもりでいる:マイケル・ジョーダンに。

それでも、マーカス・ヨルダンの一見は、苦しくてひどい扱いを受けた青年のようではない。彼は興奮しやすくて、人好きがして、陽気だ。彼の様子には、マイケル・ジョーダンの息子としての人生だけでなく、我々のほとんどが想像するより穏やかで心優しいマイケル・ジョーダンの暗示も感じられる。

「皆、彼はアンタッチャブルだと思っている」と、ティム・ハーダウェイ・シニア(彼もバスケットボール選手の息子を育てた)は言った。「でも、彼はタッチャブルだよ」
それはマーカス・ジョーダンが一番よく知っている。

セントラル・フロリダ大学で、それなりに活躍したが不満も残るキャリアを終えたあと、マーカスは人生で初めてバスケットボールの外にいる。高校では母校を最高のシーズンに導いたが、彼にはNCAA優勝もNBAドラフトの1巡目指名も数百万ドルの契約も縁がない。UCFでは3年生の2011-12シーズンに平均13.7得点し、フロリダとメンフィスを破る番狂わせの原動力にもなったが、周囲に最高のタレントが揃うことはなく、最高の体調でもなかった。

最後のシーズンの終わり頃、彼は自分が不満を持っていることに気づいた。すでに親友のA.J.ロンプザも兄のジェフリーもチームを去っていた。
「気持ちが入っていなかった。100パーセントの情熱を注げない状態でプレーしたくなかった」

それで、彼は退部し、奨学金も返上した。明らかに彼は一日だって働く必要はない。それでもまだ、この8月に卒業予定の大学で経営学部に通っている。彼が学ぶホスピタリティ・マネージメントには料理の授業もあり、ステーキやスープも作った。彼は働くことを少しもためらっていない。働くことは「大好きだ」と言う。

バスケットボールをやめる前、マーカスは自分の決断について父親と長い時間話し、サポートだけを感じたと言う。
「父はいつもそこにいてくれる」と、マーカスは言う。 「いつでも、自分が(両親を)必要とするとき」

ただ、今でもマーカスは、もう一度プレーする可能性は閉ざしていないと言う。昨年はドラフトにエントリーすることも相談した。「それを選択肢から除外していなかった。まだバスケットボールができる体調だし、キャリアが完全に終わったとは言わない」

選手生活の間中、マーカスは回避不能な父との比較に直面してきた。「絶え間ない凝視」と、彼は言う。しかし、彼は冷静に対処した。

マーカスは、(この記事を含む)父親についての質問を手際よくあしらい、期待のまなざしを受けながらキャンパスを歩き、マイケル・ジョーダンの息子である恩恵と自分自身でありたいという願望のバランスをとる方法を見つけた。大学とアディダスとの契約に妨げられることなくエア・ジョーダンを穿きたいと願ったことで、それは入学後すぐに始まった。マーカスの声さえ、ガラガラで、バリトンで、父親とよく似ている。彼は自分のキャリアを築くことができるが、比較は常にそこにある。

父親は助けになってくれた、と、マーカスは言う。19歳での飲酒、ポルノ・スターへのツィート、水泳のオリンピック予選を見に行ったオマハのホテルで女性と口論になったこと、などの不品行が大きく報じられたとき、父親ときまり悪い思いについて話すことができたと言う。 「父は、自分も間違いを犯したことがあると言ってくれた」と、マーカスは言う。「その頃ツイッターはなかったと。僕は修正しなければいけない」

それは、MJが3人の子供に甘かったということではない。彼自身の父親には軍隊経験があり、それは親としてのマイケルにも影響を与えている。
「父は祖父にすごく似ている」と、マーカスは言う。「とても厳しくて、断固としていて。それは僕たちにも受け継がれていると思う」。しかし、自分はどんな父親になりたいか尋ねると、「父のような。いつでも話し相手になれる存在に」と答えた。

コート上のモンスターもリビングルームではそうではない。
「ハッピーじゃない父なんて見たことがない」と、マーカスは言う。

二人には今、これまで以上に共通点がある。二人とも初めてバスケットボールを離れた人生に向かい合い、時間と才能とたくさんのアイデアを持っている。そして、抑え込まれた競争心もたっぷりと。
「バスケが恋しい」と、マーカスは言う。「UCFの試合には行ったことがないんだ。全然見ていない。見たら苦しいから」

父も同じ心境だと知ることで心は少し安らぐが。
「ボブキャッツを観戦中の彼を見ているとおかしいよ。テレビに向かって小言を言うところなんかね」

それで、バスケットボールの代わりに、二人は昔の西部劇をたくさん見る。ヒューストンでのパーティーのあと、日曜日にはフロリダで内輪のお祝いがあり、そこでマーカスと父は再び対決するだろう――他の競技で。
「またやっつけてやるよ。ゴルフコースで」

4位だと誰

4位指名だとノエルやマクレモアは無理らしいので、他にどんな子がいるんだ?と思って、ソレンセンさんお気に入りのオットー・ポーターや、ビクター・オラディポなんかをYouTubeで見たんですが、どちらかというと私もポーターが好き。というか、ハイライトだけ見たってしょうがないですけどね~。

ところが、Bobcats.comの最新のMocking Draft だと、ポーター3位候補じゃないですか・・・orz

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先日のボーネルさんのランキングでも3位だし、無理かな~。

<ボーネルさんの寸評>
オットー・ポーター:ジョージタウン、2年、SF、6フィート9インチ、198ポンド
6フィート8.5インチのサイズとペリメーター・スキルを有する点でNBAのスモール・フォワードのプロトタイプ。

ビクター・オラディポ:インディアナ、3年、SG / SF、6フィート4インチ、213ポンド
素晴らしいエネルギーでプレーする優秀なディフェンダー。シューター&スコアラーとしても成長中。

アンソニー・ベネット:UNLV、1年、PF、6フィート8インチ、240ポンド
がっしりしたフォワード。最近、肩の回旋腱板の手術を受けたので、ドラフト前のワークアウトはできない。

アレックス・レン:メリーランド、2年、C、7フィート1インチ、225ポンド
力強いポストムーブもあるディフェンシブなセンター。左足首の疲労骨折の手術から回復中。

コーディ・ゼラー:インディアナ、2年、C、7フィート、230ポンド
兄タイラーのよりアスレティックなバージョン。昨シーズンは尻すぼみだった。

マイケル・カーター=ウィリアムス:シラキュース、2年、PG、6フィート6インチ、184ポンド
6フィート6インチのポイントガードは見つけるのが難しい。カレッジの3Pラインで成功率は29パーセント。

(チョーGMはポジションと関係なくタレントで選ぶと言っていたけど、ケンバがいるから小柄なPGはたぶん指名しませんよね・・・アイバーソンくらい群を抜いていればともかく)


“ホーネッツ”会見

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(DAVID T. FOSTER III / Charlotte Observer)

「念入りな調査過程を経たのち、我々は、これがファンの求めるものであることを認識した。この変化がもたらすものは、スポーツ界で最も認知されたブランドの1つを再建するだけでなく、この都市にかつて存在したNBAチームを懐かしむ人々と忠実なボブキャッツ・ファンをまとめることによってファン・ベースも一体化することになると信じている。我々のファンは語り、我々は耳を傾けた」

Bobcats.com: Bobcats Sports & Entertainment Applies to Change Team’s Name to Hornets
Watch the Video | Photo Gallery | Press Conference Video Part 1 | Part 2 | Part 3

Charlotte Observer: Bobcats on borrowed time  Photo Gallery
Yahoo! Sports (AP): Bobcats changing name to Hornets

・ハリス・インタラクティブに依頼していた、シーズンチケット・ホルダー/チーム・スポンサー/シャーロット地域の一般市民を対象にした調査の結果、“シャーロット・ホーネッツ”の支持はそれぞれ約80パーセントに上ったため、1ヶ月ほど前にフレッド・ホイットフィールド(プレジデント兼COO)とマーケティングの責任者であるピート・グエリ(*Guelli とりあえず)がジョーダンに名称変更を要請するように勧めた。

・そして、21日にNBA理事会に名称変更の申請を提出し、その後記者会見というのが今回の流れ。

・投票が行われる次のオーナー会議は7月18日(@ラスベガス)。アダム・シルバー副コミッショナー(次期コミッショナー)の過去のコメントからして、問題はほとんどないと思われる。

・リブランドには約18ヶ月かかるため、変更は早くて2014年の秋。

・グエリによると、ニックネームの変更には数ヶ月前の試算より100万ドル多い(キャップやジャージの在庫を処分する損失と新しいコストを加えて)約400万ドルかかる見込み。それにはタイム・ワーナー・ケーブル・アリーナの大規模な再塗装も伴う。

・グエリいわく、リブランドにかかった費用は新しいホーネッツのグッズ販売で取り戻せると思われているのは誤解であり、公認アパレルの利潤は小さくて、今回の名称変更を促進するほどのものではない。
地元から愛されることを願うチームにとって80パーセントの支持率こそが要因。
「そのデータを知って、金銭面のことを考えたオーナー(マイノリティ・オーナー含む)はいないと思う」
先週末からこの報道が流れ始めたがチケット販売は急増していない。一方で「問い合わせの電話は多い」

・ジョーダンは、ニックネームの変更によってタイム・ワーナー・ケーブル・アリーナに自分がプレーした80年代、90年代のシャーロット・コロシアムの雰囲気が再現されることを期待していると言った。
「初めてここでプレーしたとき、私が本当に驚かされたあのエネルギーを取り戻したい」
「(今回の決定は)我々がどれほどコミュニティからのインプットを受け入れ、それを行動に活かしているか表していると思う」

・記者会見でジョーダンはパープル&ティールの “Bring the Buzz,”を背にしていたが、ボブキャッツがホーネッツの当時のカラースキームを採用するかどうかはまだ不明。
「今のところはまだ、そこまで話し合う段階にない」と、ジョーダンは言った。

・ジョーダンは、昔のシャーロット・ホーネッツの選手たちを受け入れることに興味がある、と言った。
「その時が来たら、過去の一部を取り入れたい。デル(カリー)はすでにチーム(テレビ解説者として)にいる。あと、マグジー(ボーグス)もこの町に住んでいるはずだ」

・ジョーダンは、この名称変更はフランチャイズが必要とする多くの修正の1つに過ぎないことを認めた。
「名前は名前でしかないことは理解している。我々が誇りにしたいのはバスケットボール・コートでのパフォーマンスだ。それはよく分かっている。私はそこから逃げていない」

・ジョーダンはコーチ探しについて詳細を語らなかった。
「コーチ交代は(ヒギンス球団社長とリッチ・チョーGMが)評価を下した結論であり、彼らは正しい決定をするプロセスを進んでいると確信する」

・ニューオーリンズ市にとって“ホーネッツ”は何の意味も持たないが、シャーロット市にとっては大きな意味がある。メクレンブルク歴史協会によると、1780年にシャーロットの民兵が英国軍を追い払ったあと、英国軍のチャールズ・コーンウォリス将軍はシャーロットを「反乱のスズメバチの巣(''a hornet's nest of rebellion'' )」と呼んだ。その呼称は二世紀以上にわたって都市の誇りの源となり、シャーロット・メクレンブルク郡警官は制服に蜂の巣をステッチしたパッチを着けている。

・シャーロット・ホーネッツという名称は、1901年から73年までマイナーリーグの野球チームに、1974年と75年のワールド・フットボール・リーグのチームに、1988年から2000年までNBAチームにつけられた。NBAのホーネッツは1990-91シーズンから1996-97シーズンまで観客動員が7年連続トップで、1988年12月23日から1997年11月21日まで364試合連続完売を記録した。

4位指名権

ドラフトロッタリー、キャブスが全体1指名権を獲得 ここ3年で2度目

ISM 5月22日(水)12時48分配信

 NBAは現地21日、6月27日開催されるNBAドラフトの指名順位を決めるドラフトロッタリー(抽選会)が行われ、クリーブランド・キャバリアーズが全体1位指名権を獲得した。キャブスが1位指名権を獲得するのはここ3年で2度目
 蝶ネクタイ姿でステージに登場したキャブスのダン・ギルバート・オーナーの息子、ニック君は、2011年に続き、今回も1位指名権に当選。キャブスは2011年ドラフトで、後にルーキー・オブ・ザ・イヤーに輝いたカイリー・アービングを指名している。
 2位指名権はオーランド・マジック。今季をリーグ最下位で終えたマジックは、1位指名権の当選確率がリーグトップの25%だったが、今季は下から3番目に悪い成績で当選確率15.6%のキャブスに敗れた。
 3位指名権はワシントン・ウィザーズ。順当に行けば8位指名権だったが、大幅のジャンプアップで上位指名権を手に入れた。
 2013年ドラフトで全体1位指名候補と目されているのは、カンザス大1年のナーレンズ・ノエル。キャブスがノエルを指名した場合、同選手が前十字じん帯断裂のけがから回復したあかつきには、チーム再建を早める新たな戦力になると見られる。
 ドラフトロッタリーは、プレーオフ出場を逃した14チームで行われる。上位3位を抽選で決めた後は、シーズン成績の悪い順番に指名順位が確定する。


キャブスのオーナー令息には神通力でもあるんでしょうか。

で、ボブキャッツはワシントンにも抜かれて4位指名になっちゃいましたね~。
まあ私は、今年1位指名権なんか当てちゃったら来年は無理だろうしどーしよーとか思ってましたけど。(^_^;)
むしろ来年、ホーネッツとして初めてのドラフトで1位指名権獲得!が狙いでしょ。
そうそう、くじ運の悪いボブキャッツと違ってホーネッツは1位(LJ)と2位(ZO)を連続で当てたこともあるわけだし。

で、オブザーバーの記事から抜粋:NBA draft lottery: Bobcats to pick fourth

ケンタッキーのナーレンズ・ノエルとカンザスのベン・マクレモアは3位以内で指名されるだろう。若いPGが必要なオーランドはミシガンのトレイ・バークを指名するかもしれない。となると、あとは、ジョージタウンのオットー・ポーター(フォワード)、ネバダ大ラスべガスのアンソニー・ベネット(フォワード)、メリーランドのアレックス・レン(センター)、インディアナのコーディ・ゼラーとビクター・オラディポらがいる。
ドラフト・ロッタリー終了後に会見したヒギンス球団社長とチョーGMは4位指名候補について多くを語らなかった。(ちなみに、2巡目指名権はない)
チョーGMは、現在のロスターが選択に影響することはないと明言した:「指名可能な選手の中で最高の選手を選ぶのが理想だ。私の信条は常に、ドラフトはタレントが目的、トレードは必要のため、だ」
そして、最も改善が必要な部分として、サイズとリバウンドとシューティングに言及した。
ボブキャッツは6月上旬からオーディションを始める。それまでにヘッドコーチが決まるかどうかは分からない。
多数の候補と面談したと語ったヒギンス球団社長だが、それ以上の詳細は明かさず、決定を急いでいるようでもなかった。

ソレンセンさんのコラム: Unlucky ping-pong balls for Bobcats

私は陰謀を信じない。
NASCARに八百長はない。NFLの審判団はエリートチームをひいきしていない。NBAはお気に入りの組織のためにロッタリーを操作していない。
単にピンポン玉が私たちを嫌いなのだ。
昨シーズン、史上最低勝率のボブキャッツは2位指名に終わった。今シーズンはワースト2位で、ドラフトでも2位指名を望むのは高望みだったのか?
まあ、そう。ボブキャッツは4位指名になった。
朗報:過去の4位指名選手には、クリス・ポール(2005年)、ラッセル・ウェストブルック(2008年)、クリス・ボッシュ(2003年)、タイラス・トーマス(2006年)がいる。
去年、ロッタリー後の水曜日はシャーロット近辺の嘆きの日だった。
それに比べて今年の失望は軽い。今年のドラフトには誰もが認める1位指名候補がいない。ボブキャッツが1位指名権を獲得していたら、ケンタッキーのナーレンズ・ノエルを指名してほしかったが、ノエルはクリーブランドかオーランドかワシントンに指名されるだろう。
すると、ボブキャッツは4番目で誰を選ぶべき?
彼らにスターは1人しかいない。それはケンバ・ウォーカーだ。彼らが必要としないものは、ポイントガードとニックネームだけである。
つまり、ポジションに関係なく誰でも選べる。ビクター・オラディポのゲームがマイケル・キッド=ギルクリストと似ていようと、インディアナのシューティングガードを指名すればいい。
私は、オラディポよりジョージタウンのスモールフォワード、オットー・ポーターが好きだ。
それから、メリーランドのアレックス・レンに興味をそそられる。
レンは、7フィート1インチ、255ポンドの生粋のセンターだ。出生地のウクライナで10歳からバスケットボールを始め、現在19歳で、スペーシングとパッシングを理解している。昨シーズンの成績は11.9得点、7.8リバウンド。本物のビッグマンがすることをできる本物のビッグマンである。
レンは足首の手術から回復途中だが、シャーロットが誰を選ぼうと、あるいはレンがどれだけ健康だろうと、来シーズンのボブキャッツは良いチームにならないだろう。
2013-14シーズンはシャーロットにとって、ボブキャッツとしてもNBAの海底生物としても最後のシーズンだ。
2014-15シーズンはシャーロット・ホーネッツとして最初のシーズンで、プレーオフ争いをする、あるいはすべきチームの最初のシーズンになる。
来年のドラフトは今年のドラフトが劣っているのと同じくらい優秀だ。
ホーネッツ(ああ、なんていい気分だろう)は複数の1巡目指名権を持ち、おそらくカンザスの1年生、アンドリュー・ウィギンスを狙う。
ボブキャッツが来シーズン最下位で終えたら、ウィギンスが明白な1位指名だったら、シャーロットの1位指名の可能性が他のどのチームよりも高かったら・・・まあ、それでもホーネッツはまだ良い選手を獲得できる。

**************

ん~と、やっぱりくじ運なさすぎだからな~てことッスネ。(笑)

“ホーネッツ”記者会見については今から読むのでたぶんまとめは明日。

21日夕に重大発表

ボブキャッツが21日(火)の午後6時からタイム・ワーナー・ケーブル・アリーナでオーナーも同席する記者会見を開き「重大発表」を行うそうです。
で、それはホーネッツの件だとチーム関係者が認めたそうな。
Charlotte Observer

まあ、「考え直せ」というコラムニストの言うとおり、ホーネッツのロゴってあんまり良くないし、マスコットのヒューゴはキモカワゆるキャラみたいだと思わなくはないけど、「ニックネームはビッグマンの代わりにならないし、1勝も増やしてくれるわけではないが、地元との絆を深める助けに」なることを願いましょうか。

えーと、で、午後8時30分からは@ニューヨークでドラフト・ロッタリー。
・・・今年は別に1位でも5位でもいいかなぁ。

5位以下はなくて2巡目指名権もないはずなのに、ボブキャッツはシカゴでのドラフト・コンバイン期間中、10位台の指名が予想されるジェイソン・プラムリー(デューク/センター)やマイケル・カーター=ウィリアムズ(シラキュース/ポイントガード)、ケリー・オリニク(ゴンザガ/センター)と個別面談していた。極度に注意深いリッチ・チョーGMが調査範囲を広げただけかもしれないが、トレードダウンを考えている可能性もある。本来、NBAドラフトは完全に「量より質」だが、今年のドラフトが決して豊作と言えないのは衆目の一致するところ。高順位の指名権を持つ他チームの番記者に尋ねてみても、条件次第でトレードダウンもアリだろうと言う。ただし、12位指名権+2巡目指名権くらいでは話しにならないが。 Chharlotte Observer

とのこと。しかし、そんなドラフトで逆にトレードアップしたいチームはあるんでしょうか?(^_^;)

そういえば、コーチ選びにタイムテーブルは設定していないが、できればプレドラフト・ワークアウトまでに決めたいという球団社長のコメントをどこで読んだっけ?

で、ボブキャッツの確率はこう。
1st pick: 19.9%  2nd pick: 18.8%  3rd pick: 17.1%  4th pick: 31.9%  5th pick: 12.3%

Bobcats’ history with top-5 picks not so sterling
リーグのトップ100選手中36名、トップ20選手中15名がドラフト5位指名以内なのだが、ボブキャッツが5位以内で指名した選手のうち3人(2004年のエメカ・オカフォー、2005年のレイモンド・フェルトン、2006年のアダム・モリソン)は、もうチームにいない。
昨年の2位指名、マイケル・キッド=ギルクリストは、むらのあるシーズンを送ってオール・ルーキー2ndチームに選ばれた。(*でも、MKG推しだったソレンセンさんは今日のブログで、リラードもビールもバーンズも必要なかったのだから、今だったらトレードダウンしてドラモンドを指名するのがいいと思うけれども、私はMKGで満足しているヨ、と言ってる)
ついでに、ボブキャッツがロッタリー(14位以内)で指名した10選手のうち6人はチームにいない(そのうち2人はNBAにもいない)。ヘンダーソンは制限付FAになり、あとの3人はルーキー契約のケンバとビヨンボとMKG。
ボブキャッツは今までのドラフトでもっと良い選択をすべきだったが、一方で不運でもあった。
去年はリーグ最下位だったのに2位指名権しか得られず、アンソニー・デイビスを逃した。
今シーズンはワースト2位の成績に終わり、1位指名権の確率は19.9パーセントだが、最も可能性が高いのは31.9パーセントの確率の4位指名権だろう。
今年は昨年のデイビスのような確実な1位指名候補はいない。
ナーレンズ・ノエルかベン・マクレモアが1位指名と予想されているが、どちらにも疑問点がある。ノエルは重いひざの故障でおそらく1月までプレーできないし、NBAのゴール下で戦うには細い(7フィートで206ポンド)。マクレモアはNCAAトーナメントで活躍できなかった(2試合でシュートが2-14)。
ボブキャッツがトップ2を逃したら誰に興味を持つかは不透明。オットー・ポーター(ジョージタウン/スモールフォワード)、コーディ・ゼラー(インディアナ/ビッグマン)、アレックス・レン(メリーランド/センター)、アンソニー・ベネット(ネバダ大ラスベガス/フォワード)らが考えられる。

ボーネルさんが考える今年のトップ10
1. Nerlens Noel, Kentucky center
1A. Ben McLemore, Kansas shooting guard
3. Otto Porter, Georgetown small forward
4. Cody Zeller, Indiana forward-center
5. Anthony Bennett, UNLV forward
6. Alex Len, Maryland center
7. Victor Oladipo, Indiana guard-forward
8. Michael Carter-Williams, Syracuse point guard
9. C.J. McCollum, Lehigh guard
10. Shabazz Muhammad, UCLA guard

リンゴとオレンジ

P.ジャクソン氏が自著で言及、「ジョーダンはコービーより格上」

ISM 5月20日(月)15時23分配信

 かつてシカゴ・ブルズやロサンゼルス・レイカーズを率い、リーグ優勝11回と輝かしい実績を持つフィル・ジャクソン氏が、現地21日に発売予定の自身の著書『Eleven Rings』の中で、マイケル・ジョーダン氏はコービー・ブライアントよりも、リーダー、シューター、ディフェンダーとして優れていると述べていることが分かった。米スポーツ専門サイトの『The Sports Xchange』が現地19日に伝えた。
 同サイトによると、長年にわたり両選手の監督を務めたジャクソン氏は、同書の中で、「ジョーダンとコービーの最大の違いのうちの一つは、ジョーダンの方がリーダーとしてより優れたスキルを持っているということ」とし、2選手のリーダーシップの技術を比較。ジョーダン氏は、チームメートにつらく当たることもあったが、自身の存在感によりチームの感情をコントロールする優れた能力を持っていたと語っているという。
 またシュート能力の違いも明白だとし、ジョーダン氏はフィールドゴール成功率がキャリア通算で約50%だったのに対し、コービーは45%ほどだと指摘。また守備面においても、「疑問の余地もない。ジョーダンのほうがコービーよりもタフで、相手に脅威を与えるディフェンダーだった」と評価しているという。
 こうした比較についてコービーはツイッターで、「リンゴとオレンジを比較するようなもの」と、条件が違うため、単純に比較できるものではないと反論。これを受けたジャクソン氏は、ジョーダン氏のほうが格上だとみなすことで、コービーを卑下しているわけではないとツイッターで弁解したという。


もう以前のように気にしなくなったので、フィルの本の記事も当日斜め読んだきり放置状態なんですが、今日は日本語の記事になっていたので。というか、フィルのMJとコービーの比較って、たぶん10年以上前のNumberに載っていた「コービーはナイフでマイケルはナタ」という比較、私はとても納得したのであれで十分です。まあ、コービーとマイケルは「リンゴとオレンジ」よりは近いと思うけど・・・温州ミカンとグレープフルーツくらいかな。

確かに比較は不毛ですけどね~。最近は「レブロンこそ史上最高」が増えてきてマイケル旗色悪いし、そろそろ打ち止めにしてほしい。(笑)
そういえば最近こんなのも。Scottie Pippen Takes LeBron James over Michael Jordan Via Chatty Alonzo Mourning
ピップはこういう場合、たいていマイケルの側に立たない。(^_^;)
でもって、ZOはシドニー五輪の頃、「ビンス・カーターはジョーダン以上」つったんだよね。(あの頃はいちいち気になったから良く覚えているんだ。チームメイトだからってことは分かっていたけど)

・・・気にしてないなんて嘘じゃん?(爆)



“ホーネッツ”へ動く

金曜日の夜にCBS Sportsが報じたそうで、
Charlotte Bobcats begin process of changing name to 'Hornets'

WBTV 3 News, Weather, Sports, and Traffic for Charlotte, NC

土曜日にはオブザーバーも確認がとれたようです。
Bobcats plan to become Charlotte Hornets

まあ、いろいろ準備するのに最短で18ヶ月かかるという話だから、来シーズンは無理ですけども。
私は別にどっちでもいいんですが、オブザーバーのコラムニストは大喜び。
Welcome back Charlotte Hornets

コメント欄も、目に入ったところでは大喜び。(「だからって、ジョーダンがオーナーだという事実は何も変わらない」というコメもあった。じゃあ誰がオーナーならいいのさ。もっと湯水のように資金を注ぎ込んでくれる大富豪とかか)

地元で "We Beelieve" や "Bring Back the Buzz" の運動をやってきた人たちは、昨夜は興奮と忙しさで2時間しか眠れなかったそうな。で、今はボブ・ジョンソンにさえ感謝している、彼がもっと素敵なニックネームやチームカラーを導入していたらホーネッツに戻すことはできなかったから、とか。
Grassroots Hornets name campaigners get their day

何しろ、ホーネッツはほぼ9シーズン364試合連続完売、ホーム初戦は40点差で負けたのにスタンディング・オベーション、最初のシーズンは20勝62敗だったのにアップタウンのパレード云々。

ただ、結局勝てなきゃしょうがないわけだよね~。

ファウラーさんの提案。
OK, you’re the Hornets again. Here’s what you need to do.
1)マイケル・ジョーダンとケンバ・ウォーカーをESPNやプレーオフ放送に登場させて全米に宣伝する。

2)カラー・スキームをティール&パープルに戻す。

3)マスコットのヒューゴや昔のロゴやピンストライプのユニフォーム(カラーがオリジナルに忠実なら少し手を加えてもいいが)を取り戻す。中途半端なこと(名前を「ホーネッツ」に戻すだけ、みたいな)ならいらない。

4)現在のボブキャッツのシーズンチケットホルダーを大事にする。小さなコアでも非常に忠実なコアであるから。

5)ノスタルジアというカードをできるだけ使う。デル・カリーはすでにボブキャッツのテレビ解説者だが、マグジー・ボーグス(シャーロット在住)も関わらせる。ラリー・ジョンソンやアロンゾ・モーニングにも連絡して、何かしてもらえないか考える。新しいユニフォームでプレーする最初の試合でホーネッツの同窓会を催し、たまには元選手たちを招待してテレビによく映る最前列に座ってもらう。

6)ぐずぐずしないで変更のタイムテーブルをスピードアップ。

7)草の根運動のリーダーたちのおかげであることを公的に認める。

8)アリーナの外のサインをできるだけ早く取り替える。

9)適切なコーチを雇い、ニックネームの変更が重要な動きであることを理解してもらう。

10)ニックネームが何であれ、コート上の改善こそが最も効果的なマーケティングである。

40点差の敗戦の後のスタンディングオベーションもシーズン後のパレードも遠い昔のことだ。しかし、シャーロット・ホーネッツは再び存在しそうで、それは素晴らしい。

ドラフトコンバイン

オブザーバーに記事がたくさんあるからマトメ。

・とりあえず、ソレンセンさんが話を聞いたNBA関係者によると、来年のドラフト1位はカンザスに進学するアンドリュー・ウィギンスだそうな。 Charlotte Observer
何か、本気で今年はいいから来年の上位指名権が欲しいと思ってきちゃったよ。

・あと、最悪でも5位なんだから、地元っていうだけのデュークのセス・カリー(ステフォンの弟)やUNCのレジー・ブロックやノースカロライナ・ステートのC.J. レスリーの記事は関係ないよな・・・
と思ったら、ボブキャッツはトレード・ダウンも考えているのか、5位指名以内とは思えない選手と少なくとも二人面談している、とのこと。
シラキュースのポイントガード、マイケル・カーター=ウィリアムズとゴンザガのセンター、ケリー・オリニク。

ジェイソン・キッドを手本にしていると言うカーター・ウィリアムズは、6フィート6インチのポイントガードで、ケンバ・ウォーカーを補えるサイズが興味深い。
「ボールを持たずにプレーしたり、2番をガードすることも予想している。いいと思うよ」と本人は言った。
問題は、不安定なジャンプショットと、リーダーとして有効性を損なったボディー・ランゲージ。本人ももっと表現をコントロールした方がいいことは認めた。「ボディー・ランゲージは取り組むべき課題の一つで、修正できると思う。でも、大した問題ではないよ」
ボブキャッツ、オクラホマシティ、デトロイト、ミネソタ、ポートランドと面談する予定だそうだ。
Charlotte Observer

メリーランドのセンター、アレックス・レンは木曜日にボブキャッツと面談した。足首の疲労骨折の手術をしたため、まだ松葉杖を使っている。
身長は7フィートでディフェンスは手堅く、ポストムーブも強いが、おそらく9月までプレーに備えられない。本人は自信を失っておらず、10年後には2013年のドラフトで最高の選手として語られると思っているそうだ。
レンがトップ5指名かどうかは疑わしい。しかし、彼はボブキャッツが最も必要とするかもしれない、ダブルチームを引き寄せるローポストのスコアラーでもある。

体脂肪率は、デュークのライアン・ケリー(最近足の手術を受けた)が14.8パーセントで断然高かった。10パーセントを超えたのは他に2人だけ。63選手の平均は6.54パーセントで、9.6パーセントのカリーは高い方だった。
ノースカロライナ・ステートのC.J. レスリーはNBAのパワーフォワードとして戦うために増量を試みている。今は大学時代より9ポンド増えて209ポンド。身長は6フィート9インチに少し欠けたが、7フィート2インチのウィングスパンは印象的だった。
Charlotte Obsever

で、今年の分出てました DraftExpress: Pre Draft Measurements

勝負は来年(かも)

フィル・ジャクソンが新著 "Eleven Rings: The Soul of Success." の中でめずらしくMJとコービーを比較している、とあちこちで記事になっているんですが、ネタ元はすべてLA Timesのこの記事らしい。
Phil Jackson throws the book at Kobe Bryant
この記者さんが5月21日発売の本を一足早く入手したようです。
で、ヤフースポーツのBall Don't Lieではティム・グローバーが近著 "Relentless." の中で解説しているMJとコービーの違いとフィルの比較を比べたりしているようです。
Phil Jackson compares Michael Jordan and Kobe Bryant in new book
どれも本当にささっと眺めただけなんですが、とりあえず、フィルがレイカーズのコーチになってから初めてシカゴへ遠征したとき、マイケルと会わせることでコービーがチームワークに対する態度を変える一助になるかもしれないと考え、セッティングしたところ、握手を交わした後のコービーの第一声は、
「You know I can kick your ass one on one.」だったって。テラワロス。


ま、それは置いときまして、シカゴでドラフト・コンバインを取材しているボーネルさんの記事から。
A lot riding on Bobcats’ 2013, ’14 drafts

<ドラフト指名権のおさらい>
・タイラス・トーマスのトレード絡みで1巡目指名権がブルズへ。ただし、2014年はトップ10、2015年はトップ8がプロテクトされている。2016年になったらプロテクトはない。
・ジェラルド・ウォレスのトレードでポートランドの1巡目指名権がもらえる。2015年までの各年でトップ12がプロテクト。その後は無条件で譲渡される。
・ベン・ゴードンのトレードでデトロイトの1巡目指名権がもらえる。2014年はトップ8、2015年はトップ1がプロテクト。2016年には無条件で譲渡される。

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2013年のドラフトの奇妙なところ:2014年のトップ3候補(うち2人はまだカレッジでもプレーしていない)はいずれも、今年ドラフトされる選手たちを上回っているかもしれない。
カンザスの新入生アンドリュー・ウィギンス、デュークの新入生ジャバリ・パーカーと、オクラホマ・ステートのポイントガード、マーカス・スマートは、今週シカゴに現れる今年のドラフト候補者たちの誰にも劣らないだろう。

ウィギンズとパーカーは並外れてアスレティックなフォワード。スマートは、サイズがあって爆発的な、シューティングガードもできるプレイメーカー。2013年の候補たちはその域に達しない。だから、重いひざの怪我でトレーニングキャンプに間に合いそうもないケンタッキーのナーレンズ・ノエルがまだ1位指名を取りざたされるのだ。

ボブキャッツとって朗報は、2013年と14年で4つの1巡目指名権を持つ可能性が高いこと。しかも、すべてロッタリーピック(14位以内)かもしれない。

今年はトップ5以内が確定している自分たちの指名権と、ブレイザーズがトップ12位以下ならブレイザーズの指名権。それは今年でなければ来年に得られるかもしれない。来年はまた、ベン・ゴードンのトレードに付随したデトロイトの指名権と自分たちの指名権(タイラス・トーマスのトレードでシカゴへ渡す可能性もあるが)。

最高のシナリオは:次の2度のドラフトで4つの1巡目指名権、そのうち、2014年で3つ。

ウィギンズとパーカーは、米国人選手は高校卒業から少なくとも1年経過していなければならないというNBAの規則のために今年のドラフトにエントリーできなかった。今度2年生になるスマートは、大学に残る方を選んだ。

火曜日のドラフト・ロッタリーでボブキャッツが1位指名権を獲得する可能性は19.9パーセント。最悪の場合でも5位指名は確定している。バイロン・マレンズとのトレードで2巡目指名権はない。

ボブキャッツはまだマイク・ダンラップの後任探しの最中で、コンバイン後に追加の面接が予定されている。ドラフト前のワークアウトには間に合わせたいようだが、ロッド・ヒギンス球団社長は、コーチの雇用に最終期限は定めていないと言った。

ここでボブキャッツが考慮しているかもしれないトップ5候補を紹介しておこう:

・ナーレンズ・ノエル、ケンタッキー大学センター:彼には、このドラフトで最も明確なNBAスキル、ブロックショットの才能がある。おそらく来シーズン半ばまでプレーできないが、それでも各チームからトップ3に考えられている。オフェンス面では特段のスキルはない。NBAレベルでバスケット下での押し合いに持ちこたえるには下半身の強化が必要。しかし、リムの守護神としてはかなり印象的。

・ベン・マクレモア、カンザス大学シューティングガード:優れたスコアラー。それは明らかにボブキャッツ(リーグ27位の得点力)が助けを必要とする分野だ。大学での成績は15.9得点、50パーセント。ヘンダーソンが再契約しなかった場合のいくらかの保険になる。しかし、NCAAトーナメントではほとんど姿を消したため、試合の重要な局面で活躍できるかどうか疑問を残す。

・オットー・ポーター、ジョージタウン大学スモールフォワード:このドラフトで最も即戦力かもしれない。幅広いスキルの持ち主だが、群を抜くところはない。本物のフロントコートのサイズ(6フィート8インチ)とペリメーターのスキルがスカウトに好まれる。ボブキャッツにとって問題は、マイケル・キッド=ギルクリストやジェフ・テイラーと重複するのではないかということ。

・トレイ・バーク、ミシガン大学ポイントガード:NCAAトーナメントでの素晴らしい活躍で予想指名順位が急上昇した。小さめな6フィートのポイントガードで、ボブキャッツにはすでにケンバ・ウォーカーがいる。他チームのあるスカウトは、「バークはケンバより大きいわけではなく、たぶん速くもない」と、ボブキャッツが関心を持つ理由を不思議がっていた。

・アンソニー・ベネット、ネバダ大学ラスべガス校フォワード:しばしばラリー・ジョンソンと比較される。UNLVの後輩というだけでなく、ジョンソンのようにがっしりしている。しかし、プロのレベルでどうなるか見分けるのは難しい:本格的なパワーフォワードとしてはサイズがない6フィート7インチで、スモールフォワードとしては十分なスキルがない。ジョンソンはキャリアを重ねる中でよりペリメーター・プレイヤーとして進化した。ベネットも同じ移行を必要とするかもしれない。

・アレックス・レン、メリーランド大学センター:たぶんトップ5という予想は少ないだろう。しかし、ボブキャッツのレーダーに入っているかもしれない理由は簡単だ。レンには、ボブキャッツの弱点であるポストアップ・スコアラーのスキルがある。ピック・アンド・ロールやピック・アンド・ポップでうまくプレーできないのが残念なところ。NBAレベルでより活用されるクラシックなヨーロッパのビッグマンのスキルがある。

・コーディ・ゼラー、インディアナ大学センター/フォワード:兄のタイラーよりアスレティックでバネのあるタイプだと言われる。しかし、NCAAトーナメントでのプレーは良くなく、受け身に見えた。一時は1位指名候補にも挙げられたが、今はありそうにない。

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来シーズンもロッタリーが前提なんですね。(^_^;)

私にとってのジョーダン

ブルズも消えてしまったので、今後はペイサーズでも応援しましょうかね。
(私は基本的にひどい天邪鬼で判官びいき体質。そんな私がなぜ王道のMJファンやっているのかと言えば、野球で挫折⇒復帰して挫折、があったからに違いありません)

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何年ぶりかで読んだリック・テランダーさんのコラムはやっぱり手こずった~。

Chicago Sun-Times TELANDER: Michael Jordan changed my life

それで、マイケル・ジョーダンはあなたの人生に何を意味していましたか。
私の場合、彼は私の居場所を意味した。
いくつかの日付を:

1983年。20歳のジョーダンは、ノースカロライナ大学の選手としてデューク大学と対戦し、速攻からレイアップにいくジョニー・ドーキンスに追いつき、バックボードに頭をぶつけるほど高く跳んだ。

それもただグラスをかすっただけでなく、ほとんど意識を失うほど強くクッションとバックボードに側頭部を打ちつけたのだ。トレーナーが手を貸してベンチに連れ帰るまで、スレンダーな若者はしばらくフロアにへたり込んでいた。

6フィート6インチのジョーダンの飛距離は約16フィートと推定され、頂点はほぼ10フィート。バックボードにぶつかったことを考えると、距離はさらに2フィート伸びていたかもしれない。もちろん、彼は走り幅跳びをしていたわけではない。

そんなこんなで、彼は容易に小型車を縦に飛び越えることができた。私はとりこになった。

1986年。前シーズンの怪我から復帰し、ブルズでの3シーズン目をスタートさせたジョーダンは燃えていた。私はスポーツ・イラストレーテッドで、平均39.4得点してブルズを4勝1敗のスタートに導いたジョーダンのカバーストーリーを書いている。彼のダンクは、開いた口がふさがらないほど驚異的だった。

「高く跳ぶときはいつも足を広げるんだ」と、彼は私に話す。「そうすると、パラシュートを開いたようにゆっくり降りる気がする」

私は記事をこう始めた:「なぜ、我々はマイケル・ジョーダンを愛しているか? 同じ理由から、我々はピーター・パンを愛している。彼が飛べるから。ずっと子供のままでいるから」
(検索しました。スポイラはすごいな。 1986年11月17日号:Ready...set...levitate!

OK、私はとりこどころではなかった。

1990年。国中でちんぴら連中がバスケットボール・シューズ目当てに子供を撃っている。スパイク・リーは、マーズ・ブラックモンのペルソナで叫んでいた:「Is it the shoes? . . . Money, it’s gotta be the shoes!」

私はSIでもう一本カバーストーリーを書いている。アスリートの背に拳銃を突きつけ、肩にかかったシューズへ手を伸ばしている黒人男性の絵の上に、「YOUR SNEAKERS OR YOUR LIFE.」
1990年5月14日号:Senseless

強奪されるシューズはエア・ジョーダンが多かった。一部のリーボックはもっと高額だったが、エア・ジョーダンはクールなシューズの代名詞になり始めていた。私はジョーダンとこの問題を話した。彼は本当に心配していて、確実に幸せではないようだった。

「ドラッグの売人の稼ぎが僕の収入になっているのを知るくらいなら、エア・ジョーダンを発売中止にした方がいい」と、彼は言った。

しかし、ディアフィールドのマルチプレックスでブルズの練習が始まっている。彼は行かなければならない。
彼の富は始まったばかりだ。

1994年。3月中旬。 SIは、ホワイト・ソックスのユニフォーム姿で大きく空振りしているジョーダンを表紙に、「BAG IT, MICHAEL! Jordan and the White Sox Embarrass Baseball.」とやった。中の見出しは「Err Jordan.」
1994年3月14日号:Err Jordan

Noooo! Not that! None of it! この男を笑いものにしてはいけない!ニューヨークの編集者たちは、ジョーダンが他のアスリートと違うことを、寛大で、ありふれていて、肩をすくめるスーパースターたちと違うことを知らないのか? この男は狂人で、殺人鬼で、迫り来る自然の脅威だ。

入社13年目のシニアライターだった私は、記事を読んで愕然とした。もちろん、ジョーダンは決して忘れなかった。SIとの一対一のインタビューや写真撮影には二度と再び応じなかっただろう。

彼は、SIが選んだ1991年のスポーツマン・オブ・ジ・イヤーで、雑誌の表紙用にホログラム撮影も行われた。
1991年12月23日号

シカゴの日航ホテルで、広告主やお偉方を招いた授与式の祝宴が催されたとき、ビグズビー&クラザーズの美しいスーツで装ったジョーダンは、世界一のグリーター(ホテルやレストランなどで客を迎え入れる役割の従業員)のように立ち回っていた。

私は、シカゴ在住のジャーナリストとして受け入れることができなかった。ジョーダンはまだ バスケットボールに復帰さえしていなかった。さらに3度の優勝をして、さらに無数の栄誉を得、10億人の子供たちの夢をかなえていなかった。

1995年の早い時期に、私はサンタイムズのコラムニストになるためにSIを去った。それには多くの要因が絡んでいたし、雑誌やニューヨークのタイム&ライフビルにいる人々への愛情は薄れていなかった(あの見出しにもかかわらず)。しかし私は、20世紀最高のアスリートに近づくことができないままで、男として、そしてジャーナリストとしての盛りを迎えることはできなかった。その相手がたった数マイルのところにいると言うのに!

私がジョーダンを好きかどうかは関係なかった(私は彼を好きだったし、今でも好きだ・・・彼のことは何度も批判したし、時には意地の悪い記事さえ書いたが)。それは自由ということだった。それは私が自分で自分の間違いを犯すことだった。他の人間が犯した過ちで叩かれないということだった。

世間は、侮辱的で無慈悲な3年半前の殿堂入りスピーチによって、獰猛で冷血なコンペティターであるジョーダンを知った。今、あなた方もそれを理解しただろうか、SI? 皆さん?
だから、私はMJのためにすることをしたと言ってもらえると思う。そして、彼は決して姿を消しそうにない。

All-Rookie Team

オール・ルーキー・チーム発表、ブレイザーズD.リラード満票獲得

ISM 5月15日(水)12時12分配信

 NBAは現地14日、2012-13シーズンのNBAオール・ルーキー・チームを発表し、今季ルーキー・オブ・ザ・イヤーに満場一致で選ばれたポートランド・トレイルブレイザーズが最多得票を獲得しファーストチームに入りを果たした。米スポーツ専門サイトの『The Sports Xchange』が伝えた。
 同サイトによると、リラードは1位票が29と唯一の満票で58ポイント、ワシントン・ウィザーズのブラッドリー・ビールとニューオーリンズ・ホーネッツ(来季からペリカンズ)のアンソニーが各57ポイントで続いた。ほかに、クリーブランド・キャバリアーズのディオン・ウェイターズとゴールデンステイト・ウォリアーズのハリソン・バーンズがファーストチーム入りを果たした。
 また、セカンドチームには、デトロイト・ピストンズのアンドレ・ドラモンド、トロント・ラプターズのヨナス・ヴァランチュナス、シャーロット・ボブキャッツのマイケル・キッド・ギルクリスト、ピストンズのカイル・シングラー、キャブスのタイラー・ゼラーが選ばれた。
 リラードは、得点(19.0得点)とアシスト(6.5本)、プレー時間(38.6分)をマークし、全ルーキーでトップのアベレージを残した。
 なお、投票はNBA30チームのヘッドコーチによって行われ、自チームの選手に投票する権利はない。



ポジションに関係なく1stチーム5名(2ポイント)、2ndチーム5名(1ポイント)を選ぶそうで、ウェイターズが50ポイント(1st:21票)、バーンズが47ポイント(1st:18票)。
2ndチームは、ドラモンドが35ポイント(1st:10票)、ヴァランチュナス31ポイント(1st:6票)、MKGは29ポイント(1st:3票)、シングラー17ポイント(1st:1票)、ゼラー15ポイント(1st:3票)だったそうです。
あと、ジェフ・テイラーも1ポイント獲得とか。
MKGは78試合に出場(77試合で先発)し、平均26分のプレーで9.0得点、5.8リバウンド、1.5アシスト、0.9ブロック。全ルーキー中、リバウンドが5位、得点6位、ブロック6位、出場時間7位タイ。FG成功率(45.8%)が9位で、アシスト11位。
ボブキャッツからオール・ルーキーチームに選ばれたのは、1stチームのオカフォーと、2ndチームのフェルトン、ウォルター・ヘルマン、モリソン、オーガスティンに次ぐ6人目。
Bobcats.com  Charlotte Observer

あれ?ケンバは選ばれてなかったか。
ま、こんなんピペンも選ばれなかったですしね~。

そういえば、「フィル・ジャクソンをエグゼクティブに、スコッティ・ピペンをコーチにしなよ」という、どこまで本気で言ってるのやらなコラムがありました。
Michael Jordan Needs Help from Old Friends
ピペンは数百万ドルで雇えるだろうし、ジャクソンにはオーナー株を少し渡さなければダメかもしれないけど、ボブキャッツが勝ち始めれば価値は上がるし、みたいな。
てゆーか、向こうに少しでも脈があるとかそういう話ならともかく・・・。

でも、とりあえず全米の注目を集めることは間違いないな。
で、若い選手たちにすんごいプレッシャーがかかっちゃって最悪の結末とか嫌だよ・・・。

新婚旅行(2)

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・イギリスの老舗タブロイド紙デイリーメールの記事(新婚旅行の画像は3点)
Gentle giant: Micheal Jordan and his petite bride celebrate their first days as newlyweds on luxury honeymoon in Greece

・ギリシャの財政危機にちょっと力を貸している、とか茶化しているTMZのフォトギャラリー(画像20点)

ジョーダンの思い出

祝50歳記事のうち短いのばかり探して読んでいないで、いい加減本命いきなよ・・・自分。

1985年から88年はUPI通信社、88年から99年まではシカゴ近郊のデイリー・ヘラルドでブルズ担当記者だったケント・マクディルの思い出話でございます。今はNBA.comで働いているんだって。サム・スミスもメリッサ・アイザクソンもトリビューンをやめたし、ジェイ・マリオッティもサンタイムズやめてネットに移ったし、90年代からのシカゴの有名コラムニストでまだ新聞に残っている人ってリック・テランダーくらいかも。

Yahoo! Sports: My Decade Traveling with Michael Jordan and the Bulls
By Kent McDill | Thu, Feb 14, 2013

私は1988年から1999年までデイリー・ヘラルドの担当記者としてシカゴ・ブルズと行動を共にしていた。
その11シーズンで私が見逃した試合はほとんどなく、マイケル・ジョーダンのプレーもほとんどすべて目撃した。ブルズが優勝した6度のファイナルのすべての試合後もジョーダンと一緒だった。

ジョーダンは2月17日で50歳になる。もはや、UPI通信社の記者だった私が初めて出会った1986年当時のような若者ではない。誕生日のお祝いに誰もが彼の競技生活における業績を思い起こし、コート上の素晴らしい見せ場を回想しようとしている。

しかし、私にとってジョーダンと過ごした日々の大切な思い出を尋ねられたら、いつも心に浮かぶのはオフコートでの出来事、彼がそれほど多くの人々にとってどれほど特別だったかを示す場面だ。

私が初めてチームに同行し始めたとき、ブルズはまだ民間の航空会社で移動していた。火曜日にクリーブランドで試合をしたブルズは、深夜の航空便がなかったため、そのまま一泊するしかなかった。私はたまたまブルズと一緒の便になることが多かった。

クリーブランドでの朝も、その日の第一便を待って空港ターミナルのユナイテッド航空の待合い所でジョーダンと一緒に座っていた。まだブルズが優勝する前、おそらく1988年か89年だったと思う。ジョーダンと私は、スポーツ・イラストレーテッドの記事を読みながら(私が手にした雑誌をジョーダンが私の肩越しに読み)笑っていた。ジョーダンは私の右に腰かけ、そのもっと向こうに4歳くらいの男の子が父親に肩を抱かれて坐っていた。少年はじっとジョーダンを見つめていたが、ジョーダンはそれに気づいていなかった。

そのうち、男の子はペンと紙切れを手にジョーダンに近づいた。ジョーダンは、ようやく話しかけることができたその子に目を向けた。
「マイケルですか?」と、彼は尋ねた。
「マイケル・ジョーダンだよ」と、彼は答えた。

「わあ!」と、大きく目を見開いた男の子はささやき、すぐに父親の方へ走って戻った。父親は、少年が頼むのを忘れたサインをもらっておいでと送り返した。その少年の顔に浮かんだ表情は、私が何年もの間に何度も何度も見たものだ。その子は、自分が見ているものを吸収するために、それ以上無理なくらいに大きく目を見開いていた。その瞬間はプライスレスだった。そして私は、もう一度両親の元へ駆け戻る少年を見送りながらジョーダンがうっすら笑っていたのを覚えている。

私は、その数年後のもう一人の少年の表情も思い出す。そして、そのときのことを思うと今でも胸がいっぱいになる。

ジョーダンは長年にわたって、試合の前に、重い病気の子供たちや身体的あるいは知的な障害のある子供や若者たちと面会していた。Wish Upon A StarまたはHave Dreamsのような団体が、ブルズのスタッフを通して出会いを手配していた。

それらの面会が存在することは知られていたが、決して公表はされず、いつもシカゴ・スタジアムやユナイテッド・センター、あるいは遠征先のアリーナの目立たない場所で行われていた。私はそれを目撃したことがある。

まったく偶然、クリッパーズの本拠地だったロサンゼルス・スポーツセンターの無人の更衣室で、ジョーダンが男の子やその家族と会うところに出くわした。ジョーダンは私がその場にいることを許可してくれた。

少年は10代で、車椅子に固定されていた。目には光がなく、彼は何にも反応しなかった。麻痺も重かった。母親と祖父らしき男性が付き添っていて、母親はジョーダンに、あなたは息子が大好きなアスリートで、ずっと前から会いたがっていたのだと伝えた。

それを聞いたジョーダンは、少年の方を向いた。彼の前に立ち、近くで顔を見るためにかがみ、話しかけた。ジョーダンが何を言っても少年は反応しなかった(反応できなかった)が、それでもとにかく話し続けた。少年が今起こっている出来事を認識している様子は見られなかった。

しかし、ともかくも母と祖父にはわかっていた。ジョーダンのことばだけが静寂を破るこのひどく静かな部屋で、母親は泣いていた。ついに、数分後、少年はほんのわずかに目を上げた。彼は出来事を理解していたと思う。ジョーダンもまた、その反応を見て、さらに二言三言声をかけ、母親や祖父と握手を交わし、ロッカールームへ立ち去った。

私はジョーダンと一緒に部屋から出た。
「毎試合前にやっているの?」と、答えを知りながら私は尋ねた。
「ああいうようなことを、うん」と、彼は言った。
私はこの時点で、次の質問をするのに危うく喉を詰まらせそうだった。
「君はああいうことの後、どうやってプレーするんだい?」
彼は肩をすくめ、振り向いて、言った: "I just play."

他にも特別な思い出がある。それもまた奇妙なことにクリーブランドなのだが、1990年3月28日、彼はオーバータイムの試合で69得点した。
ジョーダンは試合後めったに外出しなかったが、その夜は何がしかの理由で、チームや我々メディアが滞在していたクリーブランド空港のマリオットにあるバーで私を含む3人の記者と会った。私たちはビールを2、3杯飲み、彼のビッグな夜の話をしていた。
誰かが、1試合100得点できるかどうか尋ねた。ジョーダンはいつになく、不滅のアスリートというより普通の人間のような口ぶりで、「わからないよ」と笑いながら言った。「今夜はかなり疲れたし」

ジョーダンと過ごした数えきれないほどの時間の中で、その3つが最も深く心に刻まれた思い出になる。

ヘッドコーチ経験(表を追加)

メールやツイッターを読むと、ボブキャッツ・ファンの間では「もうアシスタントコーチをヘッドコーチに雇うのはやめてほしい。本物のコーチを雇ってほしい」という意見が多いけれども、実は、経験者なら成功するというものでは全然ないというオブザーバーの記事。
Charlotte Bobcats fans want an experienced NBA coach, but are they right?

過去10年間にヘッドコーチが雇用されたケースは88例。そのうち、ボブキャッツと似た状況、勝率5割以下でプレーオフ不出場チームを引き継いだケースに絞ると44例。その44例を、コーチによって状況が改善したかどうか(勝ち越し、プレーオフ出場の成否、ラウンドを勝ち上がったか)調べると、HC未経験のコーチの方が成功していた。

・元NBAコーチ24例中10例(42パーセント)が成功。HC未経験の20例中11例(55パーセント)が成功。

実際、今のプレーオフで勝ち残っている8人のヘッドコーチのうち、6人は現職以前にNBAでHC歴がない。
シカゴのトム・ティボドー、インディアナのフランク・ボーゲル、オクラホマシティのスコット・ブルックス、マイアミのエリック・スポールストラの4人はほとんど無名のアシスタントだったが、タレントが揃った上昇中のチームを引き継いだ。スーパースターがマイアミやニューヨークやロスに群がる昨今、若手コーチが素晴らしいロスターを持つのは難しくなっている。

ファンは、精通と資質を同一視する。トライアングルのビル・カウアー(元ピッツバーグ・スティーラーズHC)がカロライナ・パンサーズの候補として挙げられる理由もそれだ。しかし、他チームをプレーオフで勝ち進ませたものの、最近不成功に終わったNBAコーチのことを考えてみよう。
マイク・ダントーニ(ニューヨーク・ニックス)、エイブリー・ジョンソン(ニュージャージー/ブルックリン・ネッツ)、バイロン・スコット(クリーブランド・キャバリアーズ)とフリップ・サンダース(ワシントン・ウィザーズ)は、プレーオフで1勝もできずに職を失った。ダントーニのニックスはセルティックスにスウィープされ、ジョンソンとスコットとサンダースのチームはプレーオフに届いていない。

勝ち越しに達しない、あるいはプレーオフに届かないケースは実にありふれていて、オブザーバー調べによれば、2004年以降に雇われたコーチのほぼ3分の2(88分の54)は負け越しで終わっている。88例中34例がプレーオフに達せず、7例はプレーオフに出場したがファーストラウンドで1試合も勝っていない。

NBAコーチは簡単に、そして頻繁に替えられる。ダンラップの後継者は2007年以降5人目のボブキャッツのコーチになる。
絶え間ないコーチ交代と慢性的な不振の関係性を考えてみよう:ボブキャッツとサクラメント・キングス、ミネソタ・ティンバーウルブス、デトロイト・ピストンズの4チームは、2004年以降コーチを5人変えている(ボブキャッツの場合、~2007年バーニー・ビッカースタッフ、サム・ビンセント、ラリー・ブラウン、ポール・サイラス、マイク・ダンラップ)。過去4シーズンでこの4チームのプレーオフ出場は1度だけ(2010年のボブキャッツ)。

ボブキャッツはここ2年、再建計画を宣伝している。しかし、3シーズンで3人のコーチはチームの安定性にもビヨンボやキッド=ギルクリストのような若手の育成にも効果的ではないだろう。ダンラップの解雇は理にかなったことだったかもしれないが、ボブキャッツがコーチ陣の頻繁な入れ替えをやめるまで、再建計画が実を結ぶところはイメージしがたい。

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フィルだって、NBAのコーチ歴と言えば、ヘッドコーチになる前はアシスタントの経験さえ2、3シーズン(うろ覚え)だったわけだし、アシスタントじゃダメなんて思わないけど。

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表が分かりやすかったのでプリントスクリーンしたのを貼っときます。(縮小したらボケました)

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まき

Author:まき
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