会場変更

セレモニーが予定されているバスケットボール殿堂のセンターコートルームは定員が1200しかないため、2611席あるスプリングフィールド・シンフォニーホールに会場を移すようです。
SymphonyHall.jpg
改修中のシンフォニーホール(Photo by Mark M. Murray / The Republican)

で、築97年のシンフォニーホールが改修されてホール関係者は喜んでいると。
市が約100万ドルの予算を組み、30年を経た照明制御システムを最先端のものに替えるなどを計画。すでに照明工事は完了し、階段の吹き抜けと天井、ステージの一部が塗り直され、装飾版が金色に塗り替えられ、オーケストラボックスの油圧リフトが修繕された。ホールの外のコンクリートの階段の穴も修復されたが、窓の工事は11日のセレモニー後になる予定。
2003年以降、殿堂入りセレモニーはコネティカット川沿いにあるフープの聖地で催されてきたが、今年のクラスは歴史上最も傑出したクラスであるかもしれないため、より大きな関心を集め、セレモニーのチケットも完売が予想されている。さらに、少なくとも50名の殿堂入り選手が参加する予定。
今後も著名な選手の殿堂入りにはシンフォニーホールを使用することがあるかもしれない。

The Republican  Boston Globe

過大評価

Ball Don't Lieに、Dime Magazineに"Michael Jordan is overrated."という記事があると書いてあって、( (Whoa boy!)とな)、今、そんなこと言う?言っちゃう?面白いんじゃないの?と元記事をチェックしたんですが、別に何ということもなく・・・開票速報見ながら、ややこしいとこ全部飛ばして(ダメじゃん)、どうにか形になったかしらん。(^^;

神への冒涜 By Austin Burton
「ベーブ・ルースは史上最高の野球選手である。つまり、決して神には及ばないが、人間以上の存在だと世間は言う。ヘラクレスか何かみたいに!」 -- ベニー・ロドリゲス、The Sandlot

このゲームにおいて、ヘラクレスはマイケル・ジョーダンという名前で呼ばれている。ウィルトやラッセルやオスカーの全盛期のプレーを知っている年配者を除けば、MJが史上最高のバスケットボール選手であるということにほとんど議論はない。どれほどない? マイクは、単に「G.O.A.T」と称されるただ一人の選手であり、それが誰を指すのか誰でも知っている。それでも、時間の経過とともに、私はほとんど信じがたい一つの真実を知ることになった:マイケル・ジョーダンは過大評価されている。

(この文を書いたあと、私はしばらく手を止めた。稲妻も、私のバカ頭にダンクしようと霧の中から現れるマイケルの亡霊もない。OK、落ち着け。先へ進もう)

我々はどのように、評価の基準を設定した男をたぶん過大評価できたのか?彼を完全無欠の超人に変えて。私は去年、コービー・ブライアントの記事でこのことに触れた。コービーを、すべての試合、すべての瞬間に至るまで100%作動するバスケットボール殺人マシンとして描く際 -- 正反対の明らかな証拠がある場合でも -- 我々はコービーに人間的であることを許していなかった。

ジョーダンは相変わらず、この種の待遇の旗頭である。誰かにコービー(21世紀のMJ)がマイケルに近づいたかもしれないという意見を掲げる勇気があるとき、典型的な反応は、「レイカーズはファイナルで24点リードから逆転負けした。マイケル・ジョーダンならそんなことはさせない。比較にならない」だ。

しかし、ジョーダンだって、プレーオフを逃したり、5度も1回戦負けを喫したり、ロッタリーチームに負けたり、シュートが8-27の夜があったり、ダンクを食らったり、ターンオーバーしたり、ダンクをミスしたり、決勝シュートを外したりしたこともある。彼はまだ究極の勝者として君臨しているが、決して完璧な勝者ではなかった。

これはマイケルとコービーを比較するものではない。我々を現実に戻すための大量のビデオと直接取材した報告がある時代に、ゲームにおいて神話的な規模に達した男についてのものである。

先週、マイケル・ジョーダンの殿堂入りを記念するESPNとベケットの特別号を見かけた。マジック版は出版されたか?バード版は?マイケルは他の選手よりビッグだが、我々はマイケルがゲームよりビッグだとか、そのような敬意に値するただ一人の選手だと決めただろうか?

しかし、私はそれを理解する。ジョーダンは我々の最高の選手というだけでなく、最高のオーラを持っていた -- そして今でも持っている。彼の影響力は他の誰の影響力も上回り、誰よりも長く持続するだろう。熱心なエア・ジョーダンのコレクターである私の弟は、マイケルがユタでラストショットを決めたとき、まだ10歳だった。私にはジョーダンという名前のいとこもいる。ざわついた満員のマディソンスクェアガーデンが不意に静まり、それから大喝采が沸き起こったのは、マイケルが観客席に現れたからだった。私は、ジョーダンをJORDANにするものがバスケットボールを超えていくと理解する。

(ところで、常勤のプロのスポーツ記者としての3年間で、私は正確に2回、有名人の前で言葉も出ない状態になった。
最初は、ニューヨークであったNBA Live 07のプロモイベントだった。Tマックやトニー・パーカーやネイト・ロビンソンと生涯の友のように気軽にしゃべっていたとき、BETのインタビュアーとしてイベントに参加していたToccara Jones(参照)を見かけたのだ。1時間のように感じた20分間、私の両足は何度か会話可能な範囲に私を運び、私の目は注目できらめいたが、私の口はまったく協調しなかった。

2度目は、2008年のオールスターウィークエンドのBoost Mobileパーティー/ビリヤードトーナメントだった。私はガブリエラ・ユニオンからケビン・デュラントまで、誰とでも気楽におしゃべりしていた。マイケル・ジョーダンが現れるまで。マイクがMichael Bivensを相手にビリヤードをしているシュールな光景の中で、アルコールに活気づけられた私は、近づいて何か言おうと決めた。彼のボディガード(チャールズ・オークリー)をこっそりかわしたが、いったんマイクに近づくと、言おうと思っていたことを全部忘れてしまったのだ。私は“偶然に”彼の腕を軽く突き、うなずきを交わすことで満足し、それから、Trey Songzのコンサートの少女のように、自分のグループへくすくす笑った)

しかし、これまでのどこかで、我々はジョーダンが常に最高のジョーダンでないことを忘れた。(マイクのような)ジャンパーがないことや、(マイクのような)チャンピオンシップがないことでレブロンを責める人々は、マイクが常にいつでもそうではなかったことを忘れている。たとえ彼がほぼ完成の域に到達していたとしても、そこには常に過程があった。

私は約一週間、このコラムをいじくり回してきた。自分が「嫌悪者」または、ただの変わり者と呼ばれることなく自分の主張を証明する方法を見つけ出そうとして。そして、多分、私は確かに#1ではなく、#2であるだろう。大人になって、私は誰とでも同じくらい強く、マイケルのゲームに畏敬の念を抱く自分に気づいた -- そして、おそらく、彼がウィザーズで復帰し、すべてがただ身体的な優越のたまものでないことを示してからはなおさら -- しかし、私は全体像を見ることもできた。

彼は完璧なプレイヤーではなかった。彼は完全かつ議論の余地なく史上最高ではない。彼はマジックやバードやオスカーやコービーらより(レブロンが優勝したときのためにこのスペースを空けておこう)それほど遙かに優れているわけではない。彼は“意のままに”50得点しなかった。そのためには努力が必要だった。

そして、ありがたいことに、マイケルはゲームやチームメイトや競争相手に多大な敬意を持っている。ほかの我々がそうすべきであるように、彼は『スペース・ジャム』がただの映画であったことを思い出せる。

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私は全然神格化しているつもりがないから、まったく当たり前の主張としか思わないよ~ン。
シュートが8-27どころか、2-17の試合(98年1月30日のウォリアーズ戦)も見ちゃったし、何だか空回りしたあげく無名の選手(デヴィッド・ボーン)にダンクをブロックされるところ(98年3月16日のネッツ戦)も見ちゃったもん。(^^;

・・・あ、ESPNの殿堂入り記念号はもう発売されているんですね~。
ベケットについてはBE LIKE MIKEさんのブログでご覧下さい。




ESPN MAGAZINEも

ESPN.comに特集ページができています:BASKETBALL HALL OF FAME 2009

そして、ESPN MAGAZINEも特別号を発売するようです。 ESPN.com
ESPNmagcover.png

何か、定期購読会員になれば、すぐにデジタル版を見ることができるみたいな。
1年会員 $3.33/1ヶ月
2年会員 $2.50/1ヶ月
マンスリー会員 $6.95
6ドル95セントでも日本で買うより安いけど、アナログな私は紙の雑誌がいい~。
確か紀伊國屋はESPN MAGAZINEを扱っていたと思うんだけど…どうしてアマゾンが扱わないのかなぁ。
(もう扱ってる?<あとで確認)
というか、これでは内容が全然判らないので、欲しいかどうかも分かりません。(^^;
(そりゃあ、普通に町の書店で買えるならどんな雑誌でも欲しいけど、入手に努力を要するから)

ESPN.comの特集ページでは、MICHAEL JORDAN'S TOP 23の動画とか、Photo Galleryとか。

あと、アンケートも:Vote: All Things Michael Jordan
MJが成し遂げた最も偉大なことは? ・5度のMVP ・6度の優勝 ・6度のファイナルMVP ・10度の得点王
MJのゲームで一番好きなのは? ・3Pショット ・ディフェンス ・フェイダウェイ ・ダンク
エア・ジョーダンを所有したことがある? 
彼の成功に最も不可欠な要素は? ・クラッチ能力 ・リーダーシップ ・闘争心 ・総合的な身体能力
全盛期のMJと対戦させたいのは? ・コービー ・レブロン ・クリス・ポール ・ウェイド
全盛期のMJは現在のNBAでも最高の選手か?
ジョーダンは単独で殿堂入りすべきだったか?
NBAは賞にジョーダンの名前をつけるべき?
ロゴをジョーダンのシルエットに変更すべき?

という感じ。
成し遂げた最も偉大なことなんて、どれか一つは選べません。
賞はね~一番ふさわしいファイナルMVPがビル・ラッセル賞になっちゃいましたしね~。

SLAM特別号

SLAM Magazineが殿堂入り記念特別号を発売するそうです!

slam-jordan-issue-1.jpg TheScore.comより

SLAM Onlineにはもっと大きな画像があります。(ここに貼るには大きすぎかと思って)
店頭発売は来週、オンラインでは今日から入手可能とのことです。
RARE PHOTOSもあるし、これは買わなくちゃ!!
てゆーか、日本語で出して欲しい…。

え~と、編集長(?)の発刊の弁を一部抜粋。
我々の時代の最も偉大な選手がバスケットボール殿堂に加わることとなり、この男がバスケットボールの人気を今のように高めていなければ自分たちの雑誌は存在しなかったかもしれないことを十分承知している我々SLAM全員は、特別号の出版で彼を祝福したかった。
私が特別号のエディターズレターでも述べているように、マイケル・ジョーダンがNBAから引退しているときに創刊された雑誌にしては、SLAMはたちまち、MJのカバーにかけてはベストの雑誌となった。スポーツイラストレーテッドは野球のキャリアを批判してマイクとの間に亀裂を生み、ESPNマガジンはあまりマイクに関心がなさそうだ。私は謹んで、SLAMこそMJファンのための最高の雑誌であったと述べる。
創刊以来15年間、最もマイケルをカバーしてきた雑誌として、秘蔵写真や過去の記事、ユニークな新しい記事が満載されたこの雑誌を提供する。どうぞ書店で手に取ってくれたまえ!(私が知る限り、通常のSLAMやKICKSより大々的に発売されるはずだ) これはマイケル・ジョーダンのファンのために究極の雑誌となるだろう。

あんな時代もあったねと

この2001-02シーズンのCMにはゾクゾクしたな~。



Bulls.comにマイケルの殿堂入り特集ページができていました。
Michael Jordan: Naismith Memorial Basketball Hall of Fame: Class of 2009

んでもって、パクソンやらウェニントンの思い出話やら、サム・スミスの長文×大量の連載コラムやら・・・
読まずにスルーできないじゃないか~。
(セレモニー当日前後にはまた何やかんや記事があるだろうし、1年がかりだな、マジで

殿堂入り記念グッズなどの情報はBE LIKE MIKEさんのブログが超詳しいです!


A.I.:グリズリーズからオファー

アイバーソンがTwitterで、「今週グリズリーズからオファーがあった」と明かしたそうです。
グリズリーズのクリス・ウォレスGMは、そのことに関して特にコメントはしなかったものの、メンフィスの地元紙に対し、「我々は彼に強い関心があり、それを本人に明らかにした」と認めたそうです。

で、シャーロット・オブザーバーのボーネルさんは、サラリーキャップとロスターの問題を抱えるボブキャッツが争奪戦に加わるとは思っていないらしく。グリズリーズのGM氏も、「(アイバーソンは)今後2~3週間のうちにチームを選ぶだろう」と述べていて、別に早期の決断は求めていないような、とのこと。
Charlotte Observer: Rick Bonnell

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昨夜はblog57のサーバに障害が発生し、更新ができませんでした。
まあ、書きたいこともなかったし別に構わなかったんですが、今後、どーしても書きたい!ほど重大ニュースがあった場合はSeesaaの方にUPするかもしれません。



アタシアタシ詐欺

この前、家の電話に出たら
「はい」と言っても何の応答もなく
(相手が不明の場合は個人情報保護のため失礼は承知でこちらからは名乗りません)
「もしもし?」と呼びかけると、ものすご~く暗い声で
「あたし…あたし…」
「は?」
「…あたし…あたし…」
まったく心当たりがないので、「どちらへおかけですか?」と言ったら切れました。
で、「あ、今のってアタシアタシ詐欺ぃ?」と思ったけど後の祭り。

あ~あ、「え?法子ちゃん?どうしたの?」とか言ってみりゃよかった。(笑)


さ、『救命病棟24時』見ようっと。
(・・・スイマセン、『ブザービート』は全然見てません。ただの恋愛ドラマって、この世で一番苦手デス・・・)

11日のイベントのスライドショー

YouTubeでMichael Jordan at Sports Factory Championshipというスライドショーを見つけまして。
最後まで見たら、やはり11日にシカゴであったイベントでした。(参照1 参照2
ジョーダンブランドが主催というより、スポンサーだったみたいですけど。
チャールズ・オークリーと一緒だったんですね、ホントに仲イイなぁ。あと、マイケル・フィンリーもいたらしい。



で、最後にあったSportsFactoryRaffle.comとやらへ行ってみたら、「チケット購入でサイン入りジャージが当たる!」とか書いてあります~。
特賞:Autographed Michael Jordan jersey - signed by Michael Jordan himself.
二等:Autographed Charles Oakley jersey - signed by Charles Oakley himself.
三等:Jordan adult unisex hat.
四等:Jordan 2x Men's T-shirt.
五等:Jordan sac.

とりあえず、(小さい)画像はこちらで ⇒ Sports Factory Inc. 501c3
10ドルのチケット購入で特賞が当たったらスゴイですよね~。200億円あっても買えるものじゃないし。(^^;



本気であるのか?A.I.

驚いて速攻で訳したので雑かもしれません。

No deal yet, but Iverson-to-Bobcats viable(Charlotte Observer: Rick Bonnell)
Dimeマガジンのウェブサイトは、アレン・アイバーソンとボブキャッツがすでに契約条件で合意し、一週間以内にサインするだろうと報じている。
ある重要な関係者は、その話は真実ではないと述べたが、それはアイバーソンがボブキャッツにならないだろうということを意味しない。十分な可能性があるような印象だ。私の情報源は、アイバーソンの第一希望はシャーロットで再びラリー・ブラウンのためにプレーすることであり、それに関する真剣な討議があったと断言している。
しかし、問題はある。ブラウンが私とESPN.comのクリス・シェリダンに語ったように、チームの人件費とロスターはどちらも障害になる。ボブキャッツはラグジュアリータックスに近づきつつあり、この不景気もあいまって、アイバーソンにフェアなオファーをすることは難しい。出場時間はもう一つの問題だ。ラジャ・ベル、D.J.オーガスティン、レイモンド・フェルトン(制限付きFA)がいる現状で、ブラウンは平均42分プレーしてきたアイバーソンに十分な出場時間を与えられるだろうか?
もしガードのトレードがあるとしたら、次のシーズン終了後に契約が切れるベルだろう。
アイバーソンの魅力は明らかだ:得点力がリーグ最低のチームに偉大なスコアラーを加え、チケットセールスと話題作りに苦労しているチームにスターを加える。
しかし、一方で課題もたくさんある。ベルとアイバーソンを入れ替えると、チームは小さくなり、ディフェンスは弱くなる。例えば、フェルトンとアイバーソンを先発させ、オーガスティンとジェラルド・ヘンダーソンを控えにしてみよう。それは、フェルトンが相手チームのシューティングガードをディフェンスするということだ。彼に毎晩、ドウェイン・ウェイドやコービー・ブライアントやジョー・ジョンソンをガードしてくれと頼めるだろうか?
また、ケミストリーの問題もある。もう一度コーチすることを楽しむと言うブラウンは信じるが、アイバーソンの自己主張が激しい経歴は明らかだ。ボブキャッツのロッカールームのケミストリーは素晴らしい。フェルトンとジェラルド・ウォレスは良きリーダーであり、選手たちは全員が、互いが互いの成功に帰属していることを心から理解している。
アイバーソンがその姿勢を尊重し、同化することは賭けだろう。

Iverson's 'Practice' rant still follows him(Charlotte Observer: Rick Bonnell)
2002年、シクサーズのシーズンは終わったばかりで、ラリー・ブラウンHCはアイバーソンの練習態度に関して率直な発言をした。
そして・・・
「練習だって?俺たちは練習の話をしているのか!」と、切れたアイバーソンはわめいた。毎試合全力を尽くし、毎試合自分の体を犠牲にする男に、試合と試合の合間に何をすべきか教えるのはどれだけ愚かなことか。
誰かが、一緒に練習することがチームメイトの役に立つかもしれないことを理解しているかどうか尋ねた。
「何だそれ。俺が練習でチームメイトをうまくしてやれるかって?」と、アイバーソンは答えた。
シャーロット・ボブキャッツがアイバーソンと契約したら、こうなるかもしれない。アイバーソンは悪人ではないし、史上5位のスコアラーだ。しかし、ロッカールームの品格と強さを増すリーダーや教育係を探しているなら、時間の無駄である。
アイバーソンはレッドソックスからドジャースに移籍したマニー・ラミレスだ:いくつかの(実際は多くの)チームが価値よりトラブルを考えた素晴らしいタレント。彼は傭兵だ。欠点に目をつぶるほど才能豊かな。
アイバーソンがボブキャッツになったら、欠点が現れるだろう。彼は厄介者で、ラリー・ブラウンもそれは知っている。ボブキャッツのロッカールームの素晴らしさを知ったラリー・ブラウンは、彼らがアイバーソンをうまく扱えると判断したはずだ。
私の友人であるフィラデルフィア・デイリーニュースのフィル・ジャスナーは、かつてこういうことを言った:スーパースターは自分のチームを向上させるものだと思われているが、彼らがNBAファイナルへ進出した年、シクサーズはアイバーソンを向上させた。
その理由:彼らは全員、彼と違った。エリック・スノウからアーロン・マッキー、ジョージ・リンチらは、アイバーソンの欠点を補った。彼らは彼に、崩壊することなく、やるべきことをやらせることができた。
私は、ジェラルド・ウォレスとレイモンド・フェルトン(ボブキャッツのロッカールームのリーダー)にそのすべてができることを願う。しかし、それは相当な重荷である。


うひー。

解説付き MJ vs. "Jordan Rules"

NBA.comのFan Voice: The Jordan rules defense!!経由で、またYouTubeの動画を。
1980年代後期と90年のピストンズ、そして90年代のニックス・ディフェンス vs. MJのプレーに解説が付いていて、バスケど素人の私には嬉しいです。(でも、文章がちょっと長いと読みきれない自分…)
少し大きめの画面の方が見やすいですよね。





これはアレですかね、「ゾーンディフェンスがある現代のNBAならジョーダンなんて並の選手」的な世論を意識した動画なんですかね。ま、そんなことはどうでもいいんですが、こういうのを見ると、やっぱりプレーオフでの"Bad Boys"とのシリーズが欲しくなるなぁ。(ちなみに、自慢じゃないけどニックスと対戦したプレーオフは全試合持ってます!<自慢じゃん) ※ポンテルで購入可能な90年代のみ&MJ不在の94年を除く

以上、何もないときのYouTube!でした。(遅々として進まないサム・スミスのコラムに時間ばかり取られるし…)

シボレーのCM

4年以上ブログをやっていると自分でも前に書いたことを忘れているんですが、この動画は今年の4月にUPされたばかりだから未掲載ですよね?
ポンテルで購入したゲームビデオに収録されていて好きだったシボレー・ブレイザーのCM『免許更新』





売却断念?&アイバーソン

昨日の今日ですけど、金額面で折り合いが付かず売却は断念するかもしれないという話も聞こえてくるとか。
Charlotte Observer: Rick Bonnell

あと、最近アイバーソンが「シャーロット、マイアミ、ニューヨークからの連絡を待っているところ」(エア~ボール)とTwitterに書いていたらしいですが、だからかな?ラリー・ブラウンさんのコメントが。

Charlotte Observer: Is Iverson suited for Bobcats uniform?
ラリー・ブラウンは再びアレン・アイバーソンをコーチすることを楽しむと言った。
しかし、シャーロット・ボブキャッツがアイバーソンと契約するには「大きな」問題があるとも。
「一つは金銭的なことだ。彼に侮辱的なオファーはしたくない」と、火曜日にブラウンは言った。「さらに、うちのロスターにはすでに小柄なガードが三人(レイモンド・フェルトン、ラジャ・ベル、D.J.オーガスティン)いて、彼にふさわしいプレータイムを与えることができない。それらの条件のどちらか、あるいは両方が解決しなければ、(契約は)ないと思う」
アイバーソンはリーグ最高のスコアラーの一人であり、昨季のボブキャッツの平均得点はリーグ最低だった。アイバーソンは最近Twitterで、ボブキャッツを好ましい契約先の一つとしてあげ、近いうちにどこかと契約する予測を述べている。
ブラウンが示したように、ボブキャッツにはサラリーキャップの問題がある。彼らはラグジュアリータックスを払うつもりがないが、制限額にじわじわ近づいている。さらに、まだフェルトンと契約していないことがキャップ問題をさらに複雑にしている。
その上、ボブキャッツにはローテーションのガードが三人いる。デトロイトでの限定された役割にいら立っていたアイバーソンは、どこでプレーするにしろ、長い出場時間と重い役割を望むだろう。
この夏、ベルの名前はいくつかのトレード話で取り沙汰された。彼は次のシーズン終了後に契約切れとなるため、トレードは可能かもしれない。
アイバーソンの名前は、マイアミ・ヒート、ニューヨーク・ニックス、ロサンゼルス・クリッパーズ、メンフィス・グリズリーズともリンクされたが、どこと契約しても昨季の2080万ドルから大幅な減給になることは間違いない。
フィラデルフィア時代、ブラウンとアイバーソンは何度か衝突したが、ブラウンはもう一度アイバーソンをコーチすることに何の不満もないと言った。
「彼は私の元で大いに働いてくれた。我々が金銭面や出場機会のことを解決できたら、私は(アイバーソンとの契約に)大賛成だ。彼は以前も今も変わらず優れた選手だ」

・・・・・・でも、ベルをトレードしてアイバーソンだと、ますます小さくなるし、ディフェンスは大丈夫っすか~?


MJは手を引いた?

18日のシャーロット・オブザーバーの記事・・・

月曜日に複数の関係者がオブザーバーに語ったところによれば、ボブ・ジョンソンとジョージ・ポストロス(※参照)はシャーロット・ボブキャッツのコントロールを変化させるかもしれない契約交渉を続行中である。
契約が間近かどうかは誰にもわからない。
ジョンソン(フランチャイズの約70パーセントを所有)は数ヶ月前にフランチャイズを売りに出した。ポストロス(ヒューストン・ロケッツの元プレジデント)は投資家グループを組織した。他の入札者がまだ購入を希望しているかどうかは不明である。
その間、チームの財政的な決断の多くは、大小を問わず保留状態になっている。フランチャイズ内外の関係者は、オーナーシップの問題が次の2週間のうちに解決すると予想している。
バケーションでヨーロッパに滞在中のジョンソンは、今週のいつか、シャーロットに来る予定であり、フランチャイズ内の数人の関係者は契約完了が間もないサインだと考えている。
それはまったく既定の事実ではない。ジョンソンがチームを売るつもりであることは間違いないが -- 彼は毎年数百万ドルずつ失っている -- 難関はジョンソンが受け入れるであろう売却希望価格だった。彼は最初にエクスパンション権として3億ドルをNBAに支払い、立ち上げ資金として3000万ドルを追加投入した。
チームにはかなりの負債(1億ドル以上)があり、どのような買い手も購入の一部としてその重荷を引き受けなければならない。
状況を知るある関係者は、数週間前のエメカ・オカフォーとタイソン・チャンドラーのトレードの直後からチームの売却を予期していた。オカフォーとチャンドラーの取引はボブキャッツの長期的な人件費から約4000万ドルの削減となり、売却を見越してバランスシートのクリーンアップを意図したものであったと確認した。
ジョンソンは少数派パートナーたちに、次の2年で数千万ドルの損失を覚悟するように伝えている。チームはサマーリーグをキャンセルし、トレーニングキャンプをウィルミントンからシャーロットへ移して、金融の引き締めを始めた。
控えのパワーフォワードに穴があるにもかかわらず、ボブキャッツは今夏、FA選手と契約していない。先発ポイントガードのレイモンド・フェルトンとも未契約のままである。
チームの売却が現在のフロントオフィスにどのような変化を及ぼすかは不明だ。少数派オーナーのマイケル・ジョーダンはバスケットボール部門を管理し、ロッド・ヒギンスGMとラリー・ブラウンHCを雇った。ブラウンはチーム最大の資産であるかもしれない。 Charlotte Observer: Johnson still pursuing Bobcats sale

・・・もうマイケルのオーナー就任はないんだろうか。
まあ、大赤字のチームのオーナーになるというのもファンとしては心配なんですが。(^^;
だけど、新しいオーナー(グループ)との関係が微妙かもしれませんね~。ポストロス氏は自分で辣腕を振るいたいかもしれないし、今までのように全権を託してくれるかどうか。
かといって、マイケルが今さら人に使われる立場を受け入れると思えないし。今の19名(だったか)の少数派オーナーの中では最大株主みたいだけど、そのままでいるのか、ボブキャッツを離れるのか、マイケルがボブキャッツを離れたら他の人事はどうなるのか。

とりあえず、マイケルが関わらなくなったら、私もボブキャッツとさようなら…。

いや、ブラウンHCはもちろん、ウォレスにもフェルトンにもオーガスティンにもディアウにもベルにもチャンドラーにも(あと、モハメドとジョップとラドマノビッチとアジンザと今年のルーキー君2人で全員?)愛着があるし、気にはなると思うんだけど~。

Not even his bush-league struggles could shake Jordan's confidence

救命病棟24時を見てました。(^^)

今日もまた殿堂入り発表のときのコラムです~。いつの話…
あと一編、サム・スミスのも訳したいんだけど、これがまた超長くて、小難しくて、いつになるやら。

Not even his bush-league struggles could shake Jordan's confidence
Jack McCallum SI.com  Wednesday April 8, 2009

1992年の夏季五輪の数ヵ月前、マイケル・ジョーダンはシカゴ郊外にある保健医療施設でロシアの棒高跳び選手セルゲイ・ブブカと一緒に座っていた。私は、まさにグローバル・マーケティングの概念を再定義するだろうバルセロナ大会を前にしてくつろぐ2人のスーパースターをスポーツ・イラストレーテッドの記事にする目的 -- むしろ後付けだが -- で、彼らの会話を記録するために同席していた。ブブカは落ち着かなかったが、ジョーダンは -- 私が古びたノートに何か記録する必要があることを気付いていたし、大地にポールを突き立てて、自分の体を逆さまにし、20フィートの高さから地上へ落下する男について心底知りたがり -- 会話のすきまを全部埋めてくれた。

ジョーダンは昔から(今も)他の競技について話すことが好きで、話題がブブカにとって専門の陸上競技のことになると生き生きした。高校時代に、ちょっと遊びで6フィート5インチ(≒1m96)を跳んだとか、走り幅跳びでは23フィート(≒7m)跳んだという話をした。どちらも並々ならぬ記録だろう。特に「ちょっと遊びで」、この幅跳びの数字は。しかし、当時のジョーダンは(今も)非常な自信家で、少し練習すればゴルフのシニアツアーに加入できると考えていた(今も?)。彼はたぶん、それほど遠くもそれほど高くも跳ばなかっただろう。そして私は、何年マイナーリーグを経験したとしても、彼がメジャーリーグの打席に立ったとは思えない。

1993年10月にNBAからの引退を発表したときは大きな衝撃が走ったが、その後、プロ野球への挑戦を表明し、シカゴ・ホワイトソックスの春季キャンプに加わることを告知したとき、彼を知る人々はほとんど驚かなかった。ジョーダンは野球を論じることが大好きで、時々、12歳のときにノースカロライナ州の『ミスター・ベースボール』に選ばれたことを話題にしていた。バスケットボールからの引退がリークされた夜、彼はホワイトソックスのプレーオフ第一戦で始球式をした。彼はきっと、4万4000人の大歓声を耳にして、「ふーむ…」と考えただろう。

我々が別世界に住んでいたことは言うまでもないが、私はジョーダンがNBAから逃れたくなったことを理解していた。なぜなら、私も他のことをするために数年間持ち場を放棄するという同じことをしていたから。バルセロナの金メダルで締めくくられた驚くべき10年間のあと、プロバスケットは必然的な下降期を迎えていた。エイズ・ウイルス陽性と診断されたマジック・ジョンソンに続き、ラリー・バードも引退し、愛されて憎まれたデトロイト・ピストンズは衰え、有力チームもライバル関係もファンを引きつける個性(シャキール・オニールはいたが)も不足していた。ジョーダンは3年連続で優勝し(さらに三連覇することは誰も知らなかった)、シカゴ・ブルズのチームメイトや、名声の代償として要求されることや、途方もないギャンブルを追及する報道(特に、賭けゴルフでジョーダンから90万ドルせしめたというリチャード・エスキナスの話題)にうんざりしていた。1993年の夏の最愛の父ジェームズの殺害は、彼が何よりも卓越したゲーム(まあ、12歳の頃にスターだったゲームより)と手を切るという決意を固めさせた。(私も12歳の頃は家族からメジャーリーグの有望株と考えられていたことは付け加える価値があるだろう)

以前にも述べたように、ジョーダンのギャンブル癖(執着?中毒?)がますます厄介になったため、デイビッド・スターンNBAコミッショナーが引退を働きかけたかどうかはまったく分からない。その情報に決定的証拠があったとしても、まだ誰も発見していない。しかし私は、ジョーダンが会見で述べたように、もっと家族と過ごすとは思わなかった。そうするのは彼らしくなかった。野球こそ、うってつけのはけ口だった。

ジョーダンの冒険について、私には2つの考えがあった。彼はもっとふさわしい誰かの仕事を奪っている。マイナーリーグの給料をもらうために毎日16時間もアリにたかられながら打撃練習をする若者の仕事を。その一方で、31歳で野球を始めるジョーダンには、どこか勇敢なところを感じた。とりわけ、ホワイトソックスから2A送りになったあとは。本人はメジャーリーガーになれると思い違いをしていたにしろ、スター外野手どころか、たぶん堅実な控えにもなれないことを早く悟るべきだったのだ。ほんのわずかでもばつの悪いジョーダンを見たのは、1990年のオールスターウィークエンドでスリーポイントコンテストに参加して、15本中3本しか決められず、第一ラウンドで敗退したときだけだ(もちろん、その2年後のポートランドとのファイナル第一戦に前半だけで6本のスリーを決めたのは同じ男である)。そして、バーミングハムで、彼は自分を何ヶ月も続く当惑の中に陥れていた。

それでも、スポットライトから外れた不慣れなシーズン、ジョーダンは一生懸命努力し、正しいことしか言わず、バロンズのチームメイトと一緒にバスに乗り、安宿に泊まった。バルセロナで武装衛兵に囲まれて最高級ホテルに滞在したわずか2シーズン後のことだ。数年後、ちょっとした用事でバーミングハムを訪れた私は、ジョーダンが滞在したシーズンについて数人の関係者にインタビューをした。私が話した人々によれば、ジョーダンはユニフォームを着ているだけでコミュニティーとマイナーリーグ野球の助けになり、「俺はマイケル・ジョーダンだ」という態度をとったことはなかった。彼らは、1シーズンで終わったことを何ひとつ悪く言わなかった。

しかし、私が野球選手のジョーダンに持つイメージは、127試合で114三振する弱々しい45番である。2つの単語が心に浮かぶ:遅い、バット。3つの単語なら:痛々しいほど、遅い、バット。バスケットボール選手としてのジョーダンはサイズを特徴としなかったため -- 6フィート6インチはほぼNBA選手の平均身長である -- 我々は、打席に立ち、前かがみになり、スタンスを見つけようと試み、数百万人の他の有望選手が人生のあるポイントで味わうのと同じ現実 -- メジャーリーグの、いや、マイナーリーグの投球さえ打つことができない -- に真剣に取り組もうとしている彼が、なんとまれな長身だったかということを忘れている。彼の打率はたった2割2厘で、ホームランは3本、平均以下の外野手だった。しかし、ジョーダンのファッションは健在で、クラッチでは悪くなく、51打点を記録している。

1995年の春、MJは自分が属する場所へ戻った。ガーデンで55得点し、低調だったNBAの視聴率を上昇させ、ナイキに生きる理由を与え、1996年からの新たな三連覇の準備をした。つまるところ、野球に転身したジョーダンの歳月は、そういうことだ。スポーツ・イラストレーテッド1994年3月14日号に掲載されたジョーダンに関するスティーブ・ウルフの記事 -- 『Bag It, Michael』は、ヒズエアネスにSIとの公式なコミュニケーションを打ち切らせた -- が示した、野球での失敗がバスケットボールの遺産をも傷つけるかもしれないという考えに、ジョーダンは怒った。「もし僕が1500万三振したら、32点という平均得点を傷つけるだろうか?」と、彼は言った。「僕が野球で失敗したら、バスケットボール選手としても大したことがないってことになるのか?僕が野球選手だろうが、馬だろうが、僕がコートでしてきたことを傷つけはしない」

彼は正しかった。ワシントン・ウィザーズでの決して成功とはいえないバスケットボールへの復帰さえ、ジョーダンの遺産を汚すことはできなかった。



今でもできます

ウサイン・ボルト 9秒58!!!!!

をネタにするつもりだったんですが、レースの動画を探したついでにMJフライトスクールのビデオを見つけたので、やっぱ「マイケル・ジョーダン追っかけブログ」的にはこちらでしょうと。

マイケルがスラムボール(バスケットボール+トランポリン+アメフトのタックルありのエクストリームスポーツだそうです)のスーパースター Chris "The Ghetto Bird" Young (6フィート4インチ)と遊んでいるところで、スタンディングのリバースダンクやターンアラウンド・フェイダウェイを決めてます。



iPhoneからの投稿なので画面がちょっと残念ですが…。
こちらは少しくっきり度が落ちるし:Michael Jordan 1 on 1 vs Slamball player (2009)

あと、Q&Aセッションで子供たちが披露するJerk danceに笑い転げているところ。


まだ芋ヅル式にいろいろ見つかりそうですね~。

おっとぉ、MJ vs. Meloの別バージョンもあった。(投稿者は同じ方)




あれから10年

最高気温は33度もあったらしいけど、空は秋の雲でした。
そして、夜になれば涼しい。今年の夏、夜になっても冷房が必要だった日は何日あったろう。
木曜日の夜はものすごく蒸し暑かったけど、一昨夜からは朝晩に早くも秋の気配。
そう言えば、10年前の8月16日もそんなに暑くなかったなぁ。
公園のヤブから這い出してきてカラスに狙われていたノラの子猫を拾ってしまった日。
午後になって暑くなったからクーラーをつけたら、くしゃみされて焦った。
ちょうどお盆休みで、あっちもこっちも店が閉まっていて、猫用ミルクは手に入れたものの哺乳瓶もスポイトも買うことができず、溶いたミルクを脱脂綿に含ませて飲ませたのが運のつき。それっきり、哺乳瓶もスポイトも受けつけてくれず、3時間おきに脱脂綿での授乳・・・両手がかき傷だらけになった。
ケージなんて考えもせず、使い古しの鳥カゴで寝かせて。
まだ生後2週間くらいで、200gもないくらいで、保温が必要なことも知らなくて、よくぞちゃんと育ったものだ…。

約2週間後の姿(この頃はデジカメもなく、育児だけでいっぱいいっぱいだったため、写真はほとんど撮っていないのです。゜(´Д`)゜。)
990901.jpg

ちんまり ちんまり

育ちすぎたとも言へる…。(10年前と同じソファがボロくなっているところや周りのゴチャゴチャは見なかったことに)
40倍以上に育った どっしり

というわけで、記念日に最初(で最後?)の猫ブログでした。


11日の記事

おとといのサンタイムズの記事です。当日のレポート部分は一部だけで、あとは、マイケル・ジョーダンは不滅ですコラム。何かややこしくて分かりにくい文章で~ちょっとぐちゃぐちゃだけどとりあえず。(内容とカテゴリが不一致)

Michael Jordan circus still going strong
More than 11 years after leaving Bulls, Jordan popular as ever
BY NEIL HAYES August 12, 2009

第3Q残り6分49秒のところでマイケル・ジョーダンが小さなジムへ入って来ると、観客たちが一斉に振り返り、ちょっとの間ゲームが止まった。黒いジーンズと黒いシャツに黒い帽子をかぶり、ブルズ時代と同じくらいスリムに見えるジョーダンは、折り畳み椅子に座って、長い足を前へ伸ばし、恵まれない子供たちのために開催した40歳以上(ビール腹の選手もちらほら)のバスケットボールトーナメントの決勝戦を眺めた。

パトリック・ケーン(※NHLシカゴ・ブラックホークス)は自分が顕微鏡の下にいると思うだろうか?デリック・ローズは群衆を引き寄せることなくホームタウンを回るのは難しいと感じるだろうか?

スポットライトが暗くなり、自分を取り巻く群衆がゆっくり散らばるとき、あわてて人生の意味を見出そうとする引退したアスリートは多い。ジョーダンは笑い、指を差し、立ち上がったり、拍手をしたり、過去にそうだったのと同じくらい自分の現在と未来に満足しているようだった。ブルズでの最後の試合から11年後、完全に現役を引退してからも7年後、私は改めて、彼がどれほど無傷だったか驚嘆させられた。

ジョーダンのこの世のものとも思えぬキャリアの間に、論争や悲劇、奇怪な展開がなかったとは言わない。しかし、ほとんどの場面で、彼は大勢のアスリートが転落した落し戸を避けた。彼は全然天使ではなかった。しかし、試験で不正行為をしたと訴えられたこともなければ、ギャングのサインを投げかける写真を撮られたこともなく、タクシー運転手から小銭を強奪した嫌疑をかけられたこともない。ケーンやローズが若気の至り以上の罪を犯しているとか、これから輝くようなキャリアを送らないというわけではない。しかし、ジョーダンのような名声を与えられ、それでも彼がほとんどそういう事件を回避したことは驚異的である。

ローズやケーンの件はメディアイベントだと考えられた。私は、誰でも携帯カメラを持ち、簡単にインターネットにアクセスできる現代の若いアスリートは、昔よりやりにくいかどうか、ジョーダンに尋ねてみたかった。それはそうではなかったし、それこそが、ここ数年も熱狂を生み出し続ける彼の能力の証明である。驚くことではないだろう。あなたがジョーダンほど多くのことを成し遂げれば、常にイベントや式典や遺産の再評価を必要とする記念日があり、それゆえにあなたは再び同時代の一員となり、消え去ることは不可能なのである。

昨年の2月、彼の45歳の誕生日は、ブルズを6度の優勝へ導き、アメリカに2つの金メダルをもたらした姿を鮮やかに記憶する我々を老けた気分にさせた。それから、バスケットボール殿堂入りがあり、火曜日の登場は米国オリンピック殿堂のセレモニーの前夜の出来事であり、マイナーリーグで野球を始めた夏から15周年でもあった。

Still big in Birmingham
過去のことで攻撃され続けている間、人生を前へ進めるのは難しいはずだが、ジョーダンはうまくやっているようだ。

「今でも15年前の夏について質問されるが、私は驚かないよ」と、長年バーミングハム・バロンズのアナウンサーを務めるカート・ブルームは言った。「あの夏一番はっきりしていたことは、彼が自分の世界をノーマルな世界にしようとしていたことだった。より良い選手になることに集中し、自分とは全く無縁だったロッカールームになじもうと一生懸命だった。あの夏は今後もずっと私の人生の一部だろう。今から10年後も15年後も、人々はまだ、『ジョーダンと一緒に過ごした夏の話を聞かせてよ』と言うだろうね」

今夜のセレモニーがジョーダンにふさわしいのは、彼がスター揃いのドリームチームのメンバーだったからだけでなく、ジョーダンがシカゴの国際的なアイコンとしてアル・カポネに取って代わり、この都市を世界有数のスポーツ都市に変換していなければ、シカゴは2016年の夏季五輪招致を競っていないかもしれないからだ。オリンピックと同じように、ジョーダンも国際的なアトラクションであるからだ。

ケニヤの病院で働く私の旧友は、遠隔地に住む部族の女性たちがシマウマの群れを通り抜けて子供たちを予防注射に連れて来る話をする。肩から提げたスリングに赤ん坊を入れ、ほこりっぽい小道を歩いて来る女性たち。私の友人は木から吊るした秤で赤ん坊の体重を量る。そこには電気も水道もない。村々は牛糞と藁でできている。

そんな場違いなところで、彼は、母親たちの民族衣装の後ろから覗く幼子たちのブルズのジャージや帽子に気づいたのだった。

More popular overseas?
もちろん、ジョーダンはシカゴでビッグだった。この都市は彼より偉大な誰とも会っておらず、今後も会うことはないかもしれない。しかし、ジョーダンを特別にしたものは、おそらく、モハメド・アリとベーブ・ルースを除く他のどのアスリートとも隔てたものは、世界のあちこちで同じようにビッグだったことである。

45番のバロンズのジャージがコンスタントに売れ続けたかどうか質問されたとき、ブルームは、「彼は海外の方が人気があると言えるのかもしれない」と答えた。「アイオワとかモンタナやロードアイランドからの注文は多くないが、日本からはたくさん注文をもらうよ」

ジョーダンの観客動員力は強いままだ。火曜日の試合が終わったとき、彼はたちまち、写真を撮ったりサインを求める人々にもみくちゃにされた。彼はたぶん、優勝チームにトロフィーを手渡し、競争相手を祝福し、自分のチャリティについて短いスピーチを予定していただろう。ところが、ファンを隔てるビロードのロープの用意がなければ、そういうことは無理なのだった。

結局、群集が脱出可能なほどまばらになるまで、ジョーダンはシカゴ警察にエスコートされて、公園地区事務所に滞在した。有名人との接触を求めるファンから彼を保護するために一時的に街路を封鎖したパトロールカーの他は、質問もインタビューもなし。

私が一番尋ねたかったのは、今マイケル・ジョーダンでいることが、以前より少しは楽かどうかだった。それは彼が答えた唯一のことだった。

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つまり、ちっとも楽になっていないということッスね。
梅田香子さんはちょっと前、「ジョーダンは今やけっこう普通のおじさんになっていて、カブスの試合に来てもあまり騒がれず、高津選手(だったかな?)なんか、ロッカールームにいるジョーダンに気がつかなかった」みたいなことブログに書いてらっしゃいましたが。そーなの?ホントに?(誇張してるでしょ?)と思ったから覚えています。

まあ、ケニアの子供たちはブルズもマイケル・ジョーダンも知ったことじゃなく、援助物資とかのジャージを着ているだけだと思いますけど。(^^; あと、アリは別格として、ベーブ・ルースは全然国際的なアスリートなんかじゃないと思うけど。

巨頭会談



マイケルが欠席した米国オリンピック殿堂のセレモニーのニュース動画。
マジック、バード、バークリー、マローンも欠席なんですね。何か、地味目は否めないかも…(^^;
特に、シカゴ五輪招致活動の一環でもあったわけで、マイケルの欠席は関係各位を少々ガッカリさせたみたいですが。

で、前日の11日にはブランド主催のおじさんバスケトーナメント決勝を観戦したあと、チャールズ・オークリーと一緒にギブソン(たぶんここ)で食事をしていて、そこへレブロンとウェイドも連れ立ってやって来たらしいです。
シカゴ・サンタイムズにはそうとしか書いてないけど、So Hood Magazineには"LeBron, D-Wade have dinner with Michael Jordan."と書いてある。これは一緒にテーブルを囲んだという意味にとってもよろしいのでしょうか?
Chicago Sun-Times  So Hood Magazine

それにしても、マイケルは自分のステーキハウスに行かなくていいのか?(笑)

11日のMJ

シカゴ・サンタイムズしか報じていないようなんですが、11日にシカゴで、ジョーダンブランドが恵まれない子供たちのために主催した40歳以上のバスケットボール・トーナメントの決勝戦が行われ、マイケルも観戦したらしいんです。 Chicago Sun-Times

とりあえずサンタイムズにあった写真。クリックで拡大
0812suntimes.png 0812suntimes-2.png

記事が訳せたら追加します~。

さよなら、iMac

久しぶりにiMacの電源を入れたら、起動しない・・・
画面中央に?マークの付いたフォルダが表示されてカチカチカチカチいうばかり・・・
iMac Software InstallのCD-ROMをセットしてCキー押しつつ起動しても、マウスが効かない・・・
ああ、もう、とうとうダメだ。
1999年のゴールデンウィークに買ったiMacなんです。
なんと、たったの6GB。(笑)
大事なデータはYahoo! フォトとかブリーフケースに保存したけど、保存しなかったのもあるしな~。
もう、あれは全部パーかぁ。
それに、PCを処分するのは初めてなので処分方法がわかりません・・・めんど。


んで、さっきBIGLOBEで「重要な更新プログラムを新たに9件公開」となっていたから、Microsoft Updateをしたら、IE8もインストールされちゃった。ま、いいけど…新機能なんてどうでもいいからサッパリだ。
確かに表示速度は向上していると思う。
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