ZOの永久欠番セレモニー

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【NBA】A.モーニング氏、引退セレモニーで大粒の涙
2009年3月31日(火) 18時45分 ISM

 名センターで今年現役引退を発表した元マイアミ・ヒートのアロンゾ・モーニング氏の引退セレモニーが、現地時間30日にヒートの本拠地アメリカン・エアラインズ・アリーナで行われたオーランド・マジック戦のハーフタイム中に開催され、現役時代に付けていた背番号33がヒートの永久欠番となった。

 涙が止まらなかった。唇は震え、言葉をしぼり出すのがやっと。モーニング氏は、自身の名前と背番号33が描かれた幕がアリーナに掲げられると「このような日が訪れるとは思ってもみなかった」と感極まった。
 セレモニーは、バラク・オバマ大統領の祝電に加え、ヒート社長のパット・ライリー氏、母校ジョージタウン大の恩師ジョン・トンプソン氏、そして師と仰ぐ現マジックACのパトリック・ユーイングのスピーチもある盛大なもの。通常14分間のハーフタイムを、セレモニーのために24分間に設定したが、この日は43分間を費やしモーニング氏も「人生で最高のひと時。今晩ここに来られて栄誉に思う」と述べた。
 現役時代は人気と実力を兼ね備え“ヒート史上最も偉大なプレーヤー”と称された。出場試合数、得点、リバウンド、ブロックショットでフランチャイズ記録を保持。ディフェンシブ・プレーヤー・オブ・ザ・イヤーは2度獲得、NBAオールスターゲームに7度出場し、06年にはNBA制覇も成し遂げた。一方で病に冒され試練も経験した。シドニー五輪後に巣状糸球体硬化症を患い腎臓の移植手術を受け引退を発表。その後ニュージャージー・ネッツと契約し現役復帰したが思うようにプレーできず再び引退。04-05シーズンに再度ネッツと契約するとトロント・ラプターズを経てヒートに戻った。
 そして07-08シーズンの12月に右ひざ脚蓋腱と四頭筋に重症を負うと、その試合を最後にプレーせず、今年になって3度目の引退。全盛期には20得点、10リバウンドのアベレージを残したが、晩年は故障や病気の影響で本人としても納得のプレーができずコートを去った。それでも大病を克服してコートに立つ姿は、同じ病に苦しむ人やファンを大いに勇気付けた。


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(Photo by Victor Baldizon/NBAE via Getty Images)

あ!そういえば今日のスカパーはマジック@ヒートじゃなかったか?と、あわてて再放送を観戦中。(^^;

・・・しかし、サムネイルにすると画像がボケボケになるんですけど~。なんで?

FINAL FOURへ

ノースカロライナ大学はオクラホマ大学を72対60で下してサウス・リージョナル制覇。
FINAL FOUR進出決定です。
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          (Photo by Joe Murphy/Getty Images)

オクラホマのヘッドコーチはボブキャッツのジェフ・ケイペルACの長男ジェフ・ケイペル三世。
子供の頃はUNCファンで、部屋にMJのポスターとか貼っていたくらいだけど、マイク・シャシェフスキーHCに心酔してデューク大学へ進学。グラント・ヒルのチームメイトだったそうです。
090329Capel.jpg(AP Photo/John Bazemore)
お父さんにそっくりだよなー。
ちなみに、弟のジェイソン・ケイペルはUNCで、卒業後は日本のどこかのチームで1シーズンだけプレーしていたはず。息子2人がデュークとUNCなんてすごいですね。
そういえば、デル・カリーの息子でデヴィッドソンのステファンの弟のセス・カリーがデュークへ転校という話も。(Charlotte Observer

オクラホマというと、マーカスの進学先候補の一つでもありますね。

ついでに、27年前の1982年3月29日はこれの日。


ncaaondemand の動画の方がずっと画質が良いんだけど、埋め込み禁止だったので…。
1982 NCAA Basketball Championship

マイケルの近況

あ、そーだ、そーだ。
今日もアリーナに来てなかったぽいマイケルですが、最新の消息がBE LIKE MIKEさんのブログで紹介されています。
まだご存じない方は要チェックどすえ。(^_^)v

にしても、マイアミに彼女がいて、シカゴには子供たちとビジネスの拠点が(Jump Inc.とかいう)あって、シャーロットに運営するチームがあって、ナイキはビーバートンで、体がいくつあっても足りない感じっすねー。

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【73】vsニックス

○96-85 (boxscore) 33勝40敗 (HOME:21-17, ROAD:12-23)

フランチャイズ史上最多勝に並ぶ33勝目を満員の観客の前で達成♪
ウォレス:23pts(FG7-12, FT8-9), 9reb, 8ast, 3blk, 2stl
オーガスティン:19pts(FG8-9), 4ast
オカフォー:13pts, 14reb
ベル:14pts(FG6-10), 8reb
ディアウ:12pts, 8reb, 5ast
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            (JEFF SINER/Charlotte Observer)

今日はもっぱらウォレスの成長が話題になっていて――
当初、ジェラルド・ウォレスはラリー・ブラウンのタイプのプレイヤーではないと噂された。オフェンスでは無鉄砲で、ディフェンスではスティール狙いのギャンブルが多いと。ウォレスがトレード寸前になったときも、シーズン序盤にブラウンの言葉による攻撃のターゲットになったときも、驚く者は少なかった。
「今まで自分には、オフェンスやディフェンスの基礎とか、より良いプレイヤーになるために取り組むべきことを教えてくれるコーチがいなかった。自分は本当に指導を受けたかった」「今は毎日、新しいことを(コーチから)学んでいるんだ」
Yahoo! Sports(AP)

ラリー・ブラウンがボブキャッツのヘッドコーチに就任したとき、ビリー・キング(元シクサーズGM)は、ウォレスがラリー・ブラウンの指導を受けて劇的に成長するか、どこかへトレードされるほど反抗するか、どちらかだろうと予想していた。
ウォレスは、多くのコーチが欠点を大目に見たくなるほど素晴らしいアスリートだが、正しい指導を受けた経験が少ない。アラバマ大学には1年しか在籍しなかったし、キングス時代の3シーズンはほとんどプレーできなかった。ボブキャッツに移籍してからも、当時のバーニー・ビッカースタッフHCはGM兼任で多忙だった。
ラリー・ブラウンは、プレイヤーの現状に屈せず、基礎を改善するのに遅すぎることはないと考える稀有なNBAコーチであり、ウォレスは理想的なプロジェクトだ。
Charlotte Observer

今日、ブルズはしっかりペイサーズに勝っているし、ピストンズもしっかりウィザーズに勝っているので、ボブキャッツは2.5ゲーム差のまま。残り9試合のうち、ブルズとピストンズと1試合ずつ残ってますが・・・とりあえず、レイカーズ、@ボストン、ヒート、@デトロイト、シクサーズと続く次の5試合でちょっと決まってしまうかな~。
何はともあれ、最多勝利数を更新することは間違いないし、来シーズンは本気で楽しみ。

ところで、ニックス戦なのに1万9133人も観客が入ったのはドラマの撮影だったからなのか?
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(Photo by Kent Smith/NBAE via Getty Images)

【72】@フィラデルフィア

○100-95 (boxscore) 32勝40敗 (HOME:20-17, ROAD:12-23)
4点差にしたレイアップかな
       (Photo by Ned Dishman/NBAE via Getty Images)

【NBA】ボブキャッツ、敵地で76ersに貴重な勝利
2009年3月28日(土) 17時17分 ISM

 プレーオフの出場権をかけた争いが続く中、ボリス・ディアウを擁するシャーロット・ボブキャッツがフィラデルフィア・76ersを下した。
 東カンファレンス9位のボブキャッツは現地時間27日、敵地ワコビア・センターで76ersと激突した。ディアウが24得点、レイモンド・フェルトンが20得点をマーク。100対95で勝利し、プレーオフ出場権を獲得できる同8位のデトロイト・ピストンズと2.5ゲーム差に迫った。
 ボブキャッツは50対33と大量17点のリードを奪ってハーフタイムに突入。後半に76ersに追い上げられ、第4Q残り50秒で3点差まで縮められた。しかし、フェルトンがレイアップシュートを沈めて逃げ切り勝ち。「私達は前半非常に素晴らしいプレーをした」とラリー・ブラウンHC。「特にリバウンドが良かった。敵地で強敵相手の勝利はチームにとって本当に大きい」と話した。
 リバウンドで41対23と圧倒したことが勝因の1つになったボブキャッツ。しかし、後半に勝ち星が危なくなった展開について、「僕達は多くの可能性を秘めた若いチームだ。終盤の試合の運び方を学ぶ必要がある」とディアウは今後の課題を口にした。
 敗れた76ersはアンドレ・イグダーラが25得点でチームトップ。タデウス・ヤングが21得点、ルイス・ウィリアムスが14得点で続いた。しかしこの敗戦で37勝34敗となり、マイアミ・ヒート(38勝34敗)に抜かれ、同6位に後退している。


試合終了を見届けてから外出していたので、日本語の記事は助かる。(^^;
ディアウ:24pts(FG8-16, FT6-7), 6ast
ウォレス:14pts(FG6-9), 11reb
フェルトン:20pts(FG8-14), 5ast
ベル:13pts, 8reb, 4ast
オーガスティン:13pts(FG4-5)

前半は本当に美しいバスケットボールで、第3Q冒頭で52-33まで点差が開き、まさか2試合連続で大量リードをふいにすることはないだろうと思いつつ、13点差で第4Qに入り、再び18点差にしてからは・・・デジャヴ?みたいな。
残り1分21秒で2点差にされ、1分6秒にオカフォーのナイスパスからディアウのレイアップで4点差にしたあと、ベルがフリースローを2本キッチリ決めてくれて6点差、スリーをヒットされて3点差、フェルトンが3人抜きで決めたレイアップで生き返りました~。<私が。(笑)
その前の2つのポゼッションでターンオーバーをしていたフェルトン。ウォレスによると、「あいつは少し自分を責めていた。あのバスケットを取り戻す必要があると感じていたんだ」

ワシントンからフィラデルフィアへの移動はチャーター列車だったそうです。セキュリティーに時間を取られず、市の中心部から中心部へ移動できるのでトレンドなんだとか。
Charlotte Observer  Charlotte Observer

今日は何の日?
1998 — Michael Jordan scores 34 points to lead the Chicago Bulls to an 89-74 victory over the Atlanta Hawks before 62,046 at the Georgia Dome — the largest crowd in NBA history.

大人の事情

最後が @Oklahoma City、@Chicago、@New Jersey、@Orlando…なんとまぁ酷なスケジュールかと思ったら、日程を決めるのもいろいろ大変なのヨというレポート。

Charlotte Observer
レギュラーシーズンをロード4連戦で締めくくることについて、ラリー・ブラウンHCは率直だった:「そういう終わり方はおかしい」
チームプレジデントのフレッド・ホイットフィールドは、ブラウンの懸念を理解し、将来的には状況を改善したいと思っている。しかし、アリーナ運営とのバランスも考えなければならない。

ボブキャッツは2シーズン連続でシーズン終盤にロードゲームが多い。昨季は最後の29試合中19試合がロードだった。今季は最後の39試合中24試合がロードである。
早々にプレイオフ争いから脱落していた以前のボブキャッツにとっては、大きな問題ではなかった。しかし、今季はイースト8位を2ゲーム差(※24日現在)で争いながら、最後の12試合のうち8試合をロードで戦わなければならない。ブラウンは日程のアンバランスさを「ひどい」と表現する。そもそも彼は、シーズン序盤より後半の方がチーム状況が改善すると予想していて、11月と12月のホームゲームは無駄になると考えていた。

アリーナの日程の一部は選択の余地がない。1月下旬のサーカスや2月と3月のカレッジバスケのトーナメントは日取りを変更できない。ボブキャッツは毎年最大200のイベントでアリーナを満たすために、コンサートビジネスを積極的にブッキングしている。
そして、シャーロット・ジャンパー・クラシックは、マジョリティオーナーであるボブ・ジョンソンのお気に入りのプロジェクトだ。レギュラーシーズン最後の週末、ボブキャッツがオクラホマシティ、シカゴ、ニュージャージー、オーランドでシーズンを終える原因でもある。
ジョンソンの娘は騎手で、ホイットフィールドはこのイベントが優先事項であることを明らかにした。「彼は馬術ショーに非常に熱心だ。これはボブがマジョリティオーナーである限り開催する予定になっているイベントだ」

ホイットフィールドは、来年4月のシーズン最終戦をシャーロットで行いたいとNBAに要請すると述べた。「アリーナの利用可能な日時を提出するとき、私はもっと良い陳情活動をしなければならない」

これは、プライオリティーが競合する複雑なビジネスである。ホイットフィールドによれば、アリーナは今年150~160のイベントを主催するので、ボブキャッツの41のレギュラーシーズンゲームは約4分の一に当たる。アリーナ建設は官民提携事業のため、ボブキャッツはできるだけ多くのイベントをブッキングしなければならない。
「カロライナ2州の人々をシャーロットのアップタウンに集めるのも私の仕事の一部だ」と、ホイットフィールドは言った。それは「レストランやホテルも満たし」アリーナ建設資金を払う税収を生み出す。
カロライナ2州の主な6つのアリーナと競ってコンサート・ビジネスを引き寄せるために、ボブキャッツはブッキング・エージェントAEGと契約している。ホイットフィールドによれば、それが成功し、ビリー・ジョエル、イーグルス、ニール・ダイアモンドやケリー・クラークスンのコンサートが開催できた。

そして、ボブキャッツのスケジューリングには他の問題もある。観客を最大にするためには、金曜日と土曜日にできるだけ多くのホームゲームがしたい。カロライナ・パンサーズと同じ日の試合は避けたい。木曜日の試合は、TNTがボブキャッツを選ばない限り不可能である。

それらすべてを認識しているブラウンは、誰も非難していない。しかし、ファンの関心が高まるオールスターブレーク以降により多くの試合をホームで戦えたら、チームのためにもマーケティングのためにもなると考えている。
「こういうふうに終わりたいチームはないよ」と、ブラウンは言った。「我々全員がもっと良い仕事をしなければならないね」

【71】@ワシントン

93-95 (boxscore) 31勝40敗 (HOME:20-17, ROAD:11-23)

・・・・・・・・・・・・・そんなことじゃないかという気はしてた。
55-35から逆転負け。
第4Qのフリースローが6-13。
この勝負弱さは何としましょう。
リバウンドは勝ってるし、アシストも勝ってるし、ターンオーバーだって1コ少ないし、FTAなんか倍だし、何で負けたか分かんなくて渋々シャーロット・オブザーバーを読んでみたら・・・

ドライブとポストアップの連続で築いたリードをペリメーターからのシュートで投げ捨てた。
それでも、3点差の残り6.5秒でウォレスのレイアップにウィザーズが痛恨のファウル。
でも、ウォレスは同点にするカウントワンスローをミス。
オカフォーがリバウンド、レイアップをミス。
ディアウがリバウンド、レイアップをミス。
だったんだそうです・・・。

これだけ続くともう、初めてガチでプレイオフを争うプレッシャーに負けてんのかな…と思ったら、やっぱり、ウォレスが「おたくたち(メディア)がプレイオフのことを忘れさせてくれないから、頭ン中がとっちらかってる。俺たち、こういう経験したことないからさぁ」みたいなことを言ってて。
だったら来シーズンのためになる経験をしているわけだけどね~。
こんなに不調なのにまだ9位だからなおさら残念。
ウルブス、ペイサーズ、ウィザーズに勝っていれば34勝37敗ッスよ…もったいない~。

普通が一番

7年生からマーカスを指導してきて、今は大学からのリクルーティングの窓口になっている人(たぶん、ライジングスターズのコーチ)によると、準決勝と決勝の活躍でマーカスの株が上昇し、「週末から受話器を置くヒマがないほど電話が鳴りっぱなし」なんだとか。新たにスタンフォードとバトラーがリストに加わったそうで、正式にオファーがあったのはトレドだけだが、デヴィッドソン、オクラホマ、アリゾナ・ステート、マーケットも強い関心を示しているとのこと。
今まで多くの大学のレーダーから外れていた理由の「ひとつは、MJの息子だということ。どうやって扱えばいいか分からないと思われているんだ」
マーカスはジェフと違ってウォークオンで入学する気はなく、「本当に自分を必要としているところへ行きたがっている。すぐに奨学金をくれるところへ」
正式にサインをするのは4月15日から。(Chicago Tribune

あと、先日ニューヨーク・タイムズに載ったジェフの記事から長い一部(短くできないンデス)。
Jordan's Son Is Happy to Be One of the Guys at Illinois
イリノイ大学のチームメイトは、情け容赦なくジェフ・ジョーダンをからかう。他のメンバーをからかうのと同じように。
テレビにヘインズのコマーシャルが流れると、彼をつつく。エア・ジョーダンの衣類やスニーカーでいっぱいのクロゼットを「WINGS」のポーズで指差す。有名な父親よりラッパーのSoulja Boyや俳優のAlfonso Ribeiroの方が似ていると言う。
ジョーダンはそういうジョークを楽しんでいる。彼はいつも、おそらく史上最高のバスケットボール選手の息子ではなく、普通のバスケットボール選手として認知され、溶け込むことを願ってきた。
それはマイケル・ジョーダンの長男にとって簡単なことではなかった。しかし、今、ジェフ・ジョーダンはスポーツ奨学金を受け、イリノイ大学のチームで限定された役割を務め、常に最も望んできた状況を得ている -- 正常感。
「あの子の本来の姿を見ているよう」と、母親のファニータ・ジョーダンは言った。

イリノイ大のブルース・ウェバーHCが初めてジョーダンのことを耳にしたのは、高校でコーチをしている自分の兄弟を通じてだった。彼が働くバスケットボールキャンプに参加したとき、ジョーダンは他のキャンパーから離れ、セキュリティに囲まれて、一人でランチを食べていた。まだ9歳だった。
8学年で初めてサインをし、シカゴ・ブルズのロッカールームで優勝を祝い、『TODAY SHOW』で進学先を発表することも、ジョーダンにとっては普通のことだった。高校の代表チームの初試合では「過大評価!」と合唱された。
ロヨラ高校入学直後はバスケットボール以外のことにトライしたくて、フットボールチームでレシーバーとコーナーバックをプレーした。やがて彼はフットボールを捨て、アスレティックなディフェンダーというロール・プレイヤーに進化した。
マイケル・ジョーダンの息子がめったにシュートをしないのは奇妙に思えるかもしれない -- 今シーズンの彼は267分出場して31回ショットした -- が、ジェフ・ジョーダンは父親と正反対のスタイルでプレーしている。たとえ、数年前に父親やカーメロ・アンソニーと交代しながらワン・オン・ワンのゲームをして2人に勝ったと主張しても。

ジョーダンは父親より5インチ背が低く、母親の誕生日を記念した13番を背番号に選び、髪を剃らず、舌も出さない。
それらの違いはあるが、父親のレガシーを誇りに思い、左の二頭筋にジャンプマン・ロゴのタトゥーを入れている。
「彼は本来、非常に物静かで非常に控えめだ」と、ウェバーは言った。「自分がマイケル・ジョーダンの息子だというサインを掲げたりしない」
ジョーダンは心理学を専攻していて、常に思索家で、観察力が鋭く、探求的だった。最も細かいディテールを解剖し、分析する類の性格は、時としてあれこれ考えすぎることに至ったが、たいていは、バスケットボールの血統についての不安を軽くする助けになった。

ファニータ・ジョーダンは、個性を大事にして3人の子供を育てた。マイケル・ジョーダンとつれ添った17年間で、押し寄せる大衆や注目や底意への対処法を学んだ。
「私の役割は、スポットライトの下で生きるとはどういうことなのか教えることでした」と、彼女は言った。
高校のチームメイトは彼を「ボーンズ(骨)」と呼んだ。ジョーダンは6フィートで150ポンドしかなく、身長の遺伝子が一世代スキップしたように見えた。その後、身長は1インチ、体重は35ポンド増えたが、バルパライソやデヴィッドソンの奨学金を断り、ウォークオンでイリノイに入学した。
父親は自分も同じ選択をしただろうと述べた。

イリノイのコーチ陣は、48インチのジャンプ力、上達中のミッドレンジ・ジャンプショットやスピードという息子の運動能力に父親を見る。
「彼がダンクに行く姿ときたら、誰かが大砲で発射したのではないかと思うほどだ。大げさではなく」と、アシスタントコーチのウェイン・マクレインは言う。「あんなに小柄な選手があんなに高く飛ぶのはおかしく感じるせいでね」
イリノイのコーチはジョーダンをポイントガードへ転向させた。彼のサイズに適した唯一のポジションへ。
1年生のシーズンの初め、ジョーダンは自分の決定を疑ったこともある。最初の2週間の練習で、自分がいるべき所にいるのかどうか疑問に感じた。
分岐点はBIG TENトーナメントにあった。ジョーダンは準々決勝のパデュー戦で4得点、2アシストを記録した。マクレインは、この2年間でジョーダンが不満を言うのを2度聞いたかもしれないと言う。

しかし、影は迫る。父親のたまの観戦は、成人男性にティーンエイジャーのような行動をさせ、自分のプライバシーを守るために学生寮からアパートへ引っ越しもした。奨学金についても、経済的に必要がない学生へ与えることに疑問を呈する意見もあった。
しかし、ジョーダンにとって奨学金は、チームの一員であるという感覚を強化するものだった。
「僕はいつも普通でいたかった。高校でも目立ちたくなかった。だから、国中の注目が集まったとき、その準備ができていなかった。普通に扱ってもらえることが自分にとって最高の待遇だ」

・・・マイケルがお父さんだったらさ~。うちに帰るとマイケルがいるんだよ~。ハグしたりキスしたりし放題なんだよ~。あの目で見つめられて、あの声で名前を呼んでもらえるんだよ~。もう最高だけどな~。(想像するだけで壊れてきた(笑))

来季に向けた改善ポイント

2003年5月からウィザーズを応援したことはないけど、今日はもう少し頑張ってほしかった~。
シカゴ・ブルズに99対101だって…。
近頃は、ブルズとバックスとネッツとペイサーズとニックスの勝敗にしか興味がありません。(笑)
まあ、残りのスケジュールも考えて、ウルブスとペイサーズに負けた時点で無理だと思ってますけども。

でもって、ボーネルさんももう次のシーズンに向けた改善ポイントを述べていて。
A 5-step program for the Bobcats
1.フェルトンの残留
フェルトンはクリス・ポールでもデロン・ウィリアムスでもない。バーニー・ビッカースタッフ(当時のHC兼任GM)は5位指名権(フェルトン)+13位指名権(メイ)を3位(デロン・ウィリアムス)か4位(クリス・ポール)とトレードすべきだった。しかし、フェルトンはNBAの基準でも平均以上のポイントガードであり、ウォール街の用語を使えば、保有する価値のある株だ。
本人やエージェントが全く非現実的な期待を抱いているのなら手放すしかない。しかし、フェルトンはここに残りたがっている。

2.ラジャ・ベルのバックアップ
ほとんどの試合で、並外れたディフェンダーかつ堅実なジャンプシューターだが、質の高いヘルプを必要とする年齢(31歳)でもある。トロントのアンソニー・パーカーが安く手に入るようなら契約したい。

3.内部の改善
ボブキャッツは節約を心がけている。今の経済情勢で誰がそうしないだろう。サマーリーグにはチームを送らず、トレーニングキャンプもシャーロットで行うことになるかもしれない。
それはかまわないが、その代わり、オフシーズンにサガナ・ジョップのフリースローを改善し、ナジー・モハメドの契約を動かす方法を探してほしい。

4.ナジーの問題
マイケル・ジョーダン、これはあなたに責任がある。サム・ヴィンセント前HCを満足させるために、2つの期限切れ契約を約1900万ドルの将来のサラリーキャップの負担と交換したわけだから。当時も意味をなさず、ジョップを獲得した今はさらに意味が小さくなった。
今後サラリーキャップが縮小されても、モハメドの契約を受け入れるチームはあるはずだ。そのためには1巡目指名権を手放してもいいだろう。

5.ホースショーの日程を変更するか取りやめよ
ボブキャッツはレギュラーシーズン最後の4試合をロードでプレーする。シーズンの最後の週末、タイム・ワーナー・ケーブル・アリーナではシャーロット・ジャンパー・クラシックが開催される。ボブキャッツの試合中継で流される膨大な宣伝から考えて、ジャンパー・クラシックのチケット販売はかんばしくなさそうだ。プレイオフの運命を決めるかもしれない最終盤の試合をロードで迎えることと引き換えるほど価値のあるイベントではない。

プレーできるチームに移ったほうがモハメド本人のためでもあるよな…。
しかし、 didn't make sense thenて言っちゃうかね。当時はmake senseと言えなくもなかったんじゃないの?
フェルトンは残留ですよねー。
もう一個の記事によれば、コーチも「劇的に進歩した」と評価しているらしいし。
2005年のドラフトで5位+13位⇔4位は可能だったらしく、でも、ボブキャッツ側が「4位と5位は大差がないし、2人ドラフトできる方がいい」とトレードをしなかったんだとか。

・・・ま、他人のドラフトの失敗をあれこれ言うのはマズイ…(^^;

25年前の3月22日

マイケルの大学最後の試合から25周年ということで、シカゴ・サンタイムズにコラムがあったんですけど、インディ☆スターにも勝った側として記念のコラムがあり、そちらには「最近のUSA TODAYのインタビューでジョーダンはこう語った」という記述が…。
なに~私の知らないところでマイケルのインタビューが!?(ナニサマダ)とUSA TODAYを検索してみたら、どうやらサンタイムズのコラムと同じものが3月2日に掲載されていたのでした。サンタイムズは記念日まで転載を待っていたんですね。
えーと、テキトー訳。

After 25 years, Jordan still frustrated by loss to Hoosiers in tourney
四半世紀がたっても、エア・ジョーダンの中の大きな小石のように、彼の身の内ではまだイライラがくすぶっている。
悔しさのあまり、めったに振り返ることもない。
1984年3月22日を。
「確かに」と、電話でジョーダンは言った。「あの試合が私の大学時代を終わらせた。私は勝って終わりたかった」

28勝2敗のノースカロライナ大学はアトランタのイースト・リージョン第1シードだった。5人のメンバーが -- ジョーダン、サム・パーキンス、ケニー・スミス、ブラッド・ドアティー、ジョー・ウルフ -- やがて1巡目指名されるチームだった。
一方のインディアナはシーズンで8敗し、NBA入りしたのは2人 -- スティーブ・アルフォードとウベ・ブラブ -- だけという無名のラインアップだった。

彼らにはボブ・ナイトがいた。
「我々に番狂わせを起こすことができると信じさせた仕事は素晴らしかった」と、現在はニューメキシコのコーチであるアルフォードは言う。
ナイトが本領を発揮した試合だった。論争の的となる火山ではなく、素晴らしい戦術家の本領を。彼は最愛のモーションオフェンスを捨て、フロアを広げて、ディーン・スミスのトラッピングディフェンスとうまく戦った。

アルフォードは、自分が在籍した4年間でナイトがそれを試みたのは2度だけだったと覚えている。この試合と、1987年のファイナルフォーでUNLVと対戦した試合。トップランクの敵と戦うアンダードッグだったインディアナは、どちらの試合もものにした。

もう一つのナイトのアイデア:ダン・ダキッチというブルーカラーのディフェンダーをジョーダンに当てる。ダキッチは、ジョーダンにバックドア・カットとポストアップとオフェンスリバウンドを許さないように命じられた。失敗すればベンチへ下げると。
ダキッチは試合の数時間前に自分の任務を知り、すでに体調が悪かったせいもあって、部屋へ戻って吐いた。

ジョーダンが早い時間帯で2つファウルを犯したため、スミスは彼を前半終了までベンチに下げた。多くのあと知恵を喚起する決定だった。
「誰もが、私をサイドラインにとどめたことはスミスコーチの誤りだと考えた」と、ジョーダンは言う。「しかし、私がいなくても、我々は強力なチームだった」

ノースカロライナはハーフタイムで32対28と4点差を追っていたが、後半のジョーダンの復帰で波に乗るどころか、点差はさらに広がった。インディアナは12点差までリードを広げ、そこから2点差に縮められたが、合計27得点した1年生のアルフォードの終盤のフリースローで勝利を守りきった。フージャーズは69.6パーセントのショットを決め、72対68で勝った。

ジョーダンは3年生だったが、NBA入りが決まっていた。彼の大学最後のスタッツは、13得点、6-14のシューティング、5ファウル -- そして、1つの失意。
「後半に戻ったとき、自分が40分間を20分に詰め込もうとしているように感じた」と、彼は言う。「自分のゲームにどんな同調も見つからなかった」
「私は自分たちが国内最高のチームだと思っていた。でも、そんな思いなど、1つのゲームが吹き飛ばせる」

2日後、インディアナはリージョナル決勝でバージニア(ノースカロライナがシーズン中に2度負かしたチーム)に見苦しい48対50で負けた。
「彼らが優勝まで勝ち進んでいたら、もう少し気分は良かっただろう」と、ジョーダンは言った。

ダキッチは今、インディアナポリスでラジオショーをしている。1984年当時、あの試合はキャリアを左右するようなものではなかった。「インディアナではあのレベルのプレーが当然だった」
しかし、時間の経過が状況を変えた。「マイケル・ジョーダンがああなったからね」
2001年にボーリンググリーンでコーチをしていたダキッチは、憂うつな敗戦の気分転換などに、ノースカロライナ戦の録画テープを見た。彼があの試合を見たのはそれが最後だが、今でも毎週のように話を聞かされる。

「彼がやったことをけなすつもりはない。彼はナイトコーチの求めにきっちり応えたと思う」と、ジョーダンは言った。
「しかし、メディアはあれを私と彼との一対一の事柄にした。私のような競争心の強い者にとって、自分を止めることができた唯一の相手がダン・ダキッチだと言われるのは・・・あの試合は自分がショットを失敗しただけだ」

その後、コーチに転身したノースカロライナのバズ・ピーターソンは、アルフォードと友人になった。1997年にアトランタのオムニが解体されたとき、アルフォードはピーターソンに「アメリカ最高のアリーナの1つが取り壊されたな」とメッセージを送った。
うまいジョーク。
しかし、25年たっても、マイケル・ジョーダンはまだ笑っていない。

・・・何がうまいジョークなのか分からないのがいまいましい。(^^;

涙をこらえているけど、うるうるしてる…
涙をこらえ うるうる
FRED ZWICKY/JOURNAL STAR

と思ったら、APの記事でも「目に涙をためて拍手を送っていた」と書かれていました。
本人は「泣いてるって? 泣いちゃいないよ。とにかく、自分のためにはね」

USA TODAYには、「息子たちは私の跡を継ごうとか考えていない。私とは異なるゲームをしている。もちろん、彼らは若くて、ゲームへの強い情熱を持っている・・・私はただ、息子たちに自分自身であってほしいと願うだけで、これまではそうなってくれた。彼らは楽しんでいると思う」と語ったそうです。(Son Makes Michael Jordan Cry

でも、その記事は見つかんないヨ…。

ゴーグルなしのマーカスがめずらしいので。やはりジェフに似ていますね?
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By Adam Gerik, Peoria Journal Star via AP

Young 69, Waukegon 66

優勝!!!
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           (John Smierciak, Chicago Tribune)

今日もマーカスは19pts(FG6-10, 3P3-3, FT4-4), 5rebと大活躍。
"I can't even tell you what this feels like,"
"It's just amazing. This is better than any dream I've ever had."
090321WIN.png

会場に家族全員が来ていたそうで、妹のジャスミン:
"My brother was just amazing, he played his heart out,"
"No sister could ask for anything more."
マイケルは立ち上がって拍手をしながら "That's my son."と、自分が7度目の優勝を達成したかのように誇らしげだったそう。(左手どうしたんだろう)
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    (John Smierciak) 

Boxscore Play-by-Play

Chicago Sun-Times  Chicago Tribune  Chicago Sun-Times VIDEO

pjstar.comにもマイケルの写真が8ショットありました。

マーカスが進学先に考えているトップ3はオクラホマとデヴィッドソンとトレド。
「3校のコーチとはもう話をしたんだ。僕のためのセットアップも好ましかった。あとは、自分にとって何がベストか両親と話し合って決めるだけ」
父親とは、「よく一緒にジムで過ごしたりビデオを見たりするよ。本当に僕のゲームの助けになってくれた」 pjstar.com

それと、マイケルが観戦するとてんやわんやだという地元紙の記事:MJ in the house

火曜日にシカゴのホイットニー・ヤングが4Aスーパーセクショナルを制したあと、ピオリアを訪問するセレブが話題になった。
「私たちはミシェル・オバマ(ホイットニー・ヤングの卒業生)の来訪を期待していました」と、イリノイ・ハイスクール・アソシエーション(IHSA)のボランティアは言った。
ああ、カーヴァー・アリーナの約5000名の観客は、マイケル・ジョーダンで我慢するしかなかった。(※ここ、(笑)ですよね?念のため)
バスケットボール史上おそらく最高の選手は、息子のマーカスを観るために、アメリカの元祖マーチ・マッドネスを初めて訪れた。
彼はメインコンコースの真下の地下道から会場入りし、遠征チームや音楽隊用のシビック・センター入り口を使った。そこから直接ホイットニー・ヤングのロッカールームへ向かい、試合前の激励をした。
「全員が協力しなければなりませんでした」と、IHSAのカート・ギブソンは言った。「我々のスタッフ、シビック・センターのスタッフ、ホイットニー・ヤングの関係者も非常に助けになってくれましたよ」
1984年にカーヴァーアリーナでシカゴ・ブルズとしてプロデビューしたMJは、南側のベンチの2列目の床席に座った。
あるIHSAスタッフによると、席は4度変更された。当初の予定はアリーナ西側のラグジュアリーボックスであり、そのあと北側エンドゾーンのシートを選び、さらに考えを変えて前述のスイート席に同意し、最後にホイットニー・ヤングのベンチ裏の席に落ち着いた。
ジョーダンのための座席の準備もレギュラーシーズン中なら比較的簡単だが、ポストシーズンは難しい問題となる。2006年にシカゴのデポール大学で行われたスーパーセクショナルへロヨラ高校のジェフを応援に行ったジョーダンは、ベースラインに座ることを余儀なくされ、プレーが自分側のエンドへ移るたびに両足を胸元へ引き寄せなければならなかった。
「今夜はもっと悪いんじゃないかと思う」と、ギブソンは言った。「彼は自分の息子を見ようとするだけの普通の父親ですが、誰もが彼の一部を欲しがるので」
ギブソンはIHSAとジョーダンの身内との連絡役を務めた。
「火曜日の夜、パブリック・リーグの関係者と話をし、たぶんマイケルは来るだろうと聞きました。水曜日に本人の関係者から連絡があり、木曜日までに来訪を確信しました。それからはずっと、あらしのようです。彼には本当にゲームを楽しんでいただきたい」

今日はこれでボブキャッツのことは忘れた~。(笑)

【70】vsペイサーズ

83-108 (boxscore) 31勝39敗(HOME:20-17, ROAD:11-22)

バッタリ。

やっぱ、まだまだまだまだだなぁ。(T_T)
9対33の第3Qにはホームでブーイングが起こったそうです。
観客数が1万5721に回復したということは、それだけ期待があったんだもんね…。

マーカスの高校が勝ち残ったので、マイケルの観戦予定はキャンセルになったそう。

Young 59, Thornton 54

Boxscore Play-by-Play

シーズン29勝1敗で、ランキング1位で、トーナメントもまったく危なげなく勝ち進み、29連勝中だったソーントンに逆転勝利!
しかも、マーカスが22pts(FG6-9, FT9-10), 6rebと大活躍。
ハーフタイムにお父さんから「ペイントをアタックしろ」とアドバイスされた後半は19pts!
あと一勝で州チャンピオンです!!
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   (Chicago Tribune photo by John Smierciak)

ヤング高校のベンチの2列後ろで観戦しているお父さんをビデオで見ることができます。
Chicago Sun-Times VIDEO

サンタイムズは右クリックで「名前を付けて画像を保存」させてくれないので、PNGで保存すると容量が大きくなっちゃうな…。
0320Michael.png 0320Michael-before.png
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一応記事も読んでみて、もう少し写真も探そうっと。

【69】@トロント

○102-89 (boxscore) 31勝38敗(HOME:20-16, ROAD:11-22)
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        (Photo by Ron Turenne/NBAE via Getty Images)

【NBA】ボブキャッツ、G.ウォレスが奮闘しラプターズを下す
2009年3月21日(土) 19時3分 ISM

 2日前に左ひざを痛めて体が万全ではないはずのジェラルド・ウォレスが素晴らしいプレーを見せた。
 シャーロット・ボブキャッツは現地時間20日、敵地エア・カナダ・センターでトロント・ラプターズと対戦した。ウォレスとボリス・ディアウが共に30得点を獲得し、102対89で勝利。現在東カンファレンス9位で、プレーオフ進出圏内の同8位のシカゴ・ブルズと1ゲーム差に迫っている。
 18日のサクラメント・キングス戦の第2Qでゴール下に切れ込んだ際、足を滑らせて左ひざを負傷したウォレス。この日は同箇所に布を巻きながら約42分間出場し、30得点に加え、9リバウンド、8アシスト記録した。「アドレナリンが出ていた」とウォレス。「10試合中9試合で僕の体はどこか痛いんだ。だけど、試合に出てプレーし続けたい。コーチにも“行かせてくれ”と言っているよ」と強い意志を見せた。
 ウォレスが12得点、ディアウが10得点を挙げ、第1Qを終えて33対24と先行したボブキャッツ。第2Qに12分間で16得点のクリス・ボッシュを中心としたラプターズに反撃を受け、52対50と2点差に縮められた。だが、ウォレスが第3Qにスリーポイントシュート2本を沈め、ウィンドミルダンクも成功。82対70と12点差をつけて第4Qに突入すると、そのまま逃げ切った。
 一方、ラプターズはボッシュが35得点、アンドレア・バルニャーニが27得点を奪取。しかし、最近10試合で9敗と低迷している。


ウォレス、おっとこ前!
MRI検査でも組織に損傷は発見されず、打撲だけで済んで良かったです。かなり痛みはあるようだけど。
Charlotte Observer
「痛いことには慣れている。痛みを無視してプレーするだけさ。自分のプレースタイルからして、受け入れざるをえないことだと思っているし」
本当の怪我との見極めは?
「動くことができなければ本当の怪我だ。水曜日の激痛は徐々に和らいだから大丈夫だと思った。レイカーズ戦の場合は動けなかったし、息ができなかった。動きたくなかったし、息もしたくなかった」
ラリー・ブラウンはこういう選手を何人も知っている。フィラデルフィアでコーチしたアレン・アイバーソンやエリック・スノウ、ボブキャッツのレイモンド・フェルトンも同じタイプだ。
そういう選手の管理法は?
「サポーターに紙やすりの破片が入っていただけでプレーできない選手もいる。彼らだって別にプレーしたくないわけではないんだよ。その一方で、プレーしないのは絶対に嫌だと言う選手もいる。有能なメディカルスタッフに判断を任せるしかない」

イリノイは初戦敗退

ノースカロライナ大学は先発PGのタイ・ローソンを休ませても101-58という圧勝でしたが、イリノイ大学は72-76で初戦敗退・・・第5シードが第12シードに敗れるのは過去21年で19回目というトラディショナルな出来事なんだとか。(^^;
まぁ、UNCはオバマ大統領も推す本命だけど、イリノイの場合は3回戦まで進めたらめっけものだと思ってはいましたが・・・わたし的ドリーム・マッチの夢は消えた~。
でも、相変わらず可愛いジェフ。
090319Jeff.jpg
 (Photo by Jonathan Ferrey/Getty Images)

一方、明日マーカスが準決勝を戦うピオリアでは、「マイケル・ジョーダンは来るか?」と話題になってます。何でも、試合会場のカーヴァーアリーナは、マイケルがプロ初試合(プレシーズンマッチ)をプレーした場所でもあるそうで。マーカスは「まだ話をしていないんだ。ポートランドへ行くかもしれないし、ここへ来るかも」と答えていますが。

昨日のジェフ記事の拾い読みとオレゴニアンの一部。
Chicago Sun-Times  St. Louis Post-Dispatch  Oregonian

・ポートランドには6歳のときからお父さんに連れられて7、8回来たことがある。
ビーバートンのナイキ・キャンパスへ新しいエア・ジョーダンの試作品を見に行くために。
「新しいデザインを見せてもらって感想を聞かれたよ。父は僕に、シューズとかビジネスに関するクールな部分を全部見せてくれた」

・ナイキのビジネスについてもっと知りたいと思うようになり、今年の夏、ナイキ・キャンパスでインターンシップ(就業体験)をしたいと思っている。「自分にその資格があることを願っている。(ジャンプマン・ロゴのタトゥーが)著作権的に問題ないといいんだけど(笑)」

・大学入学時は44インチだった垂直跳びが今はチーム最高の48インチ。
お父さんは? 「今の? たぶん、28か9インチ(≒71~4cm)くらいじゃないかな」

・子供の頃、自分の部屋にマイケル・ジョーダンのポスターを貼っていた。

・父親の大学時代の試合のテープもたくさん持っている。

・自分が最も父親と共有する特質は運動能力だが、「試合のメンタル面でたくさんのものを教わった。自分は父がそうだったくらい賢くなっていると言いたい」

・父親とワン・オン・ワンをしたことはほとんどない。

・マイケル・ジョーダンは数えるほどしか試合会場を訪れないが、自分はジェフにどう働きかけたらいいかコーチに尋ね、毎試合後、批評とアドバイスをしている。

・ジェフは、自分に対する世間の基準の高さを悟ったとき、バスケットボールをやりたいかどうか分からなくなったこともある。「そういうとき母は、あなたが楽しい限りは続けるべきだし、その間あなたはあなた自身でなければならない、と言った」

Oregonian
この若者はフランク・シナトラ・ジュニアであり、レイラ・アリである。ピカソの4人の子供たちが知っていたことを知っている。
ジェフが幼稚園児だったとき、教師たちは互いに「あの子がエア・ジョーダン二世よ」とささやき合っていた。毎年、新学年の初日に教室へ入るたび、クラスメイトから何かを期待された。そして、高校生になると、ジェフが父親よりかなり小さいことを観察した大学のスカウトたちが、何か良いことを言おうと努力して、「気にすることはないよ。思い出してごらん、君のお父さんだって高校の代表チームに入れなかったことがあるんだ」

プレッシャーは息が詰まるようだった。生まれたときからそれほど高くバーがセットされていたのに、なぜバドミントンやトロンボーンを試そうとしなかったのか。「あまりにもプレッシャーが重くなり、母に相談したことも2、3度ある。でも、『私たちはみんな一緒よ。みんな同じ状況をくぐり抜けているの。あなたの弟、妹、私、そしてあなたも』と言われたんだ」
「だから、自分が楽しめるうちはバスケットボールを続けようと決めた」

彼の右腕には "RELENTLESS" 左腕には "CONFIDENT"という刺青がある。彼の父親はその言葉を肌に刻む必要がなかった。激しい闘争心で知られた伝説的アスリートの息子から、父親と何年もワン・オン・ワンをしたことがないと聞けば、それは多くのことを語ると思う。
「今までにせいぜい2、3回しかプレーしていないと思う」

4ヶ月前、ジェフは新しいタトゥーを入れることに決めた。大きな誇りとともに。シカゴのスカイラインに浮かぶ父親の"Jumpman"のロゴ。
彼は心理学を専攻していて、いつかNBAで働きたいと思っている -- スポーツ心理学者として。

今シーズン半ば、ブルース・ウェバーHCから一生懸命練習する彼に春学期のスポーツ奨学金を与えると告げられたとき、ジェフに安息が訪れた。
コーチが立ち去ったあと、ジェフは泣いた。
彼の家族は授業料を払うのに苦労していない。喜んで迎え入れてくれたチームメイトから今さら認めてもらう必要もない。しかし、その奨学金は、世間への確証だった。ジェフ・ジョーダンが良いバスケットボール選手であるということの。

初めてのNCAAトーナメント

18日の練習後。(AP Photo/Rick Bowmer)
0318Jeff.jpg

イリノイ大学は19日にポートランドのローズガーデンでウェスタン・ケンタッキーとの1回戦。
つまり、ジェフがNCAAトーナメントにデビューするわけで、18日の練習を取材した全米各紙に記事があって~。読みきれない~。でも読みたい~。いつか。

Chicago Sun-Times  New York Times  St. Louis Post-Dispatch  
Oregonian

とりあえず、明日の試合にお父さんは来ないだろうと言っているんですが…。

【68】vsキングス

○104-88 (boxscore) 30勝38敗(HOME:20-16, ROAD:10-22)

エースのマーティンとノシオニも欠くキングスですが、初先発のマキャンツは絶好調(30pts)だし、ボブキャッツは22ターンオーバーで自滅という、かなり危ない勝利だったみたいで…。
0318Wallace.jpg
              (Jeff Siner / Charlotte observer)

前半残り3分にドライブでスリップしたウォレスが左ひざをつかんでフロアに崩れ落ちたときは、目の前真っ暗って感じだったらしいです。ロッカールームで病院へ行ってMRI検査を受けるよう説得するドクターに「ノー」と答え、復帰した後半だけで14pts, 5reb, 2blk。
「もう病院はウンザリなんだ」
はじける音がしなかったのでプレーできると思った、と本人は言ってるんですが、激しい痛みで左脚の感覚がなくなるほどだったとか。
「今夜、彼は意志の力で我々を勝たせた」と、ブラウンHC。
木曜日に確認のために受けるMRI検査、どうか大したことありませんように。
Charlotte observer

ウォレス:25pts, 12reb, 2stl, 2blk
オカフォー:16pts, 10reb, 4blk
フェルトン:14pts, 7ast, 6reb

ボブキャッツメモ

欠場から復帰後のD.J.オーガスティンは精彩がないように思っていたら、まだ故障が完治していないことを本人が認めたそう。シーズン中は休む間がないのでオフまで治らないだろうと言っていて、普通ならできるプレーも思うようにならないのだとか。
Charlotte Observer

ガベージタイムでの3分間の出場が本当に楽しかったというショーン・メイ。
2005年に結んだルーキー契約はこの7月で切れ、制限付きFAとなるが、ボブキャッツが360万ドルのクォリファイイングオファーを提供する可能性はありそうもない。
本人も、どこと契約することになっても1年か良くて2年契約になることを分かっている。
「それは放っておいても解決することさ。シーズンが終われば」
Charlotte Observer

――う~ん~。せめてあと1年あればねぇ。

Seeing their future for one night
Monday night was what they could be.

・ボブキャッツは毎試合ラプターズ戦のようなプレーはできない。しかし、このグループが揃ってラリー・ブラウンのトレーニング・キャンプに集まれば、来シーズンはどうなるか示すことができた。
月曜日の彼らはブラウンのプライオリティーを完遂した -- ボールをシェアし、ドライブし、ディフェンスし、リバウンドをする。相手が最低だったで片付けることはできる。しかし、ラプターズはティンバーウルブスより良いチームだ。そして、教えから脱線したボブキャッツはどうなったか。
今シーズンは急造チームである。8人ローテーションの半数は -- ディアウ、ベル、ラドマノビッチ、ジョップ -- 早い者でも12月中旬までここにいなかったのだ。

・毎試合前、ボブキャッツのグリースボードに記入される言葉がある: "Play Hard. Play Smart. Play Together. Rebound. Defend.''
最初の3つのキャッチフレーズはディーン・スミス譲りのものだが、ブラウンはReboundとDefendを付け加え、さらにしばしば "Have fun.''を書き足す。

Young 62, Hyde Park 47

          090317Young.jpg

ホイットニー・ヤングがスーパーセクショナルを制してファイナルフォー進出決定!
ジェフの時代から追っていて、決勝の地ピオリアへ行くのは初めてだな~。
おめでとう。

ただ、次の相手は今季29勝1敗でランキング1位のイリノイ州最強校なんですよ。
頑張れー!

Boys basketball: 4A Final Four matchups
at Carver Arena in Peoria
Friday's semifinals
Waukegan (25-4) vs. Dundee-Crown (24-5), 6:30
Young (24-9) vs. Thornton (29-1), 8:15
Saturday
Third place, 6:30
Championship, 8:15

写真は見つからないけど今日はお父さんも観戦していたそうです。(pjstar.com
どっかに写っていないかとサンタイムズとトリビューンは確認したんですが、どの写真も観客はぼかしてあるんですよね…。
一応、このマーカスの写真の最前列の白シャツの人、少し雰囲気じゃありません?(^^;
0317Marcus.jpg
(Photo for the Chicago Tribune photo by Warren Skalski)
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