Michael Jordan has not left the building (14)

アナウンサーはレブロンについて大げさにまくしたて、ジョーダンと同じセンテンスで彼に言及している。ジョーダンはその一言一句を耳に留め、それらの言葉に動かされる。彼はテレビに集中し、レブロンのゲームの弱点を指摘する。

「俺は彼を研究するぞ」と、彼は言う。

レブロンは、右へ動くとだいたいドライブする。左へ行くとジャンパーを撃つ。それは、彼のメカニクスとリリースに向けてどのようにボールをロードするかに関係がある。「つまり、俺が彼をガードしなければいけないなら」と、ジョーダンは言う。「左へプッシュする。そうすれば、10回のうち9回はジャンプショットを撃つだろう。右へ行かせたらゴールへ向かう。そうなったら俺には止められない。だから、右へは行かせない」

試合の残りの間ずっと、レブロンがボールを手にして動き始めるとき、ジョーダンは次のバリエーションを「ドライブ」あるいは「シュート」と叫ぶ。レブロンだけではない。彼は、オフィシャルが見落としたファウルにも気づく。そして、リプレーは彼が正しいことを証明する。誰かがシュートを撃つと、それが入るかどうか即座に見分ける。選手たちが動く前にどう動くか言い当てる。彼は、実際にコートでプレーしている選手たちの一部よりゲームの流れを理解している。実況アナウンサーがレブロンのジャンプショットをアナウンスしたとき、彼は携帯電話でメールの返信に没頭している。そして、画面に目も向けず、「左?」と言う。

ポーチは屋外のヒーターのおかげで暖かい。時間が流れ、ボブキャッツの敗戦を遠ざける。誰もあまり口をきかない。ジョージはiPadでビジュエルドをしている。空気はバスケットボールの音で満たされている:ホーン、スニーカーのきしる音、リムの金属的な響き。それらはジョーダンの青年期の音だ。

彼は、手にした葉巻を時々再点火する。ブタントーチ(ライター)の音が静寂を破る。ヒーターの炎は3枚のウインドウに反射し、ジョーダンの顔に影がゆらめいている。本人は決してそれを口にしないが、彼はあたかもその目的のために自分の怒りを利用して、脳内でゲームをしているように見える。ジョーダンはまだどうプレーすべきか知っている。もしも肉体が裏切らなければ、彼はレブロンをシャットダウンできるかもしれない。もしも時間を遠ざけることができれば。218ポンドに戻れたら。

ジョージが寝室へ行く。1時間後、その夜の最後の試合が終わる。バックナーはいとまを告げ、エレベーターで降りて行く。イベットと友人のローラは、とっくに奥へ引き揚げた。

ジョーダンは一人だ。

彼は一人でいるのが嫌いだ。静かだから。彼は静寂が嫌いなのだ。雑音がないと眠ることができない。彼にとって、睡眠はいつも努力を要する。深夜のトランプ遊びも、プレーオフ期間中のカジノ行きも、全部誤解されてきた。それは病気ではなく治療なのだった。彼にとっては、雑音をもたらし、気を散らすための一連の防御行為だった。彼は、27歳で医師に不眠を訴えるまで飲酒もしていなかった。試合後にビールを少し飲みなさい、と医師は助言した。緊張がほぐれるだろう。

家は暗い。もうすぐ午前1時だ。彼は、ロフトの視聴覚システムを制御するiPadのアプリケーションを開き、毎晩やっていることをする:寝室のテレビを西部劇チャンネルに変えるのだ。カウボーイ映画が暗闇と静寂を破リ、彼を眠らせてくれる。それは、まるで父親と一緒にいた昔の日々のようだ。ジョーダンはベッドにもぐり込む。画面には『許されざる者』が映っている。彼はその映画のあらゆる場面を知っている。そして、いつしか、サルーンの撃ち合いの前に、ジョーダンは眠りに落ちる。

ESPN: Michael Jordan has not left the building
As he turns 50, MJ is Wondering whether there are any more asses to kick
By Wright Thompson

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あ"~~~~たどり着いたっ!ひーひー。
でも、知らないことがいろいろ出てきて面白かった。

Michael Jordan has not left the building (13)

ところで、またジョージアで実父確定訴訟を起こされ(その女性のFacebookのプロフィールには"Michael Jordan, when are you going to support your 2-year-old daughter? You drop 10 million on your nice wedding ... that was nice but don’t you think it time that you support your daughter?" と記述してあるそうで)、ジョーダン側はまた、「すでに他の男性が父親として確定されている」とする文書を裁判所に提出済みだとか。 TMZ.com

◇◇◇◆◇◇◇

ジョーダンは最近お気に入りのトリビア・ゲームを始める:現在の選手の中で自分たちの時代にも成功できたのは誰か。「俺たちの時代」と、彼は何度も繰り返して言う。今の選手はソフトで、甘やかされ、ゲームの最高水準に対して準備不足であると言って。これは彼にとって個人的な問題だ。自身は選手としてのこの世代と比較される一方、この世代の選手たちでフランチャイズを築かなければならない立場でもあるのだから。

「一つヒントをやろう」と、彼は言う。「俺が思いつくのは4人だけだ」

彼がリストするのは、レブロン、コービー、ティム・ダンカン、ダーク・ノビツキーである。彼が自分の意見を主張している最中に、イベットがリビングルームにやって来て、仲間とスポーツ談義に興じるどこの夫にもなじみのあるあの口調で尋ねる。「あなた方、何かご入り用なものは?」

テレビの誰かがレブロンをオスカー・ロバートソンと比較していて、ジョーダンは苛立つ。あきれた表情で首を伸ばし、不満そうに、「それはあくまでも・・・」と言い、自分で言葉を継ぐ。「要するに、誰もそれぞれの対戦相手を考慮していない。ゲームをどうプレーするかという彼らの知識を・・・フェアな比較ではないね。正しくない。・・・レブロンは俺たちの時代に成功できたか? イエス。今と同じくらいに? ノー」

ボブキャッツの試合が始まり、さっそくセルティックスにいいようにされている。オフィシャルは助けにならず、ジョーダンは体を起こし、激怒し、スター揃いのセルティックスがすべての判定を味方につけることを確信している。

「いいかげんにしろ!」と、彼は叫ぶ。

「自分がコールされているわけじゃなかろうに」と、バックナーは言う。「というか、お前さんはあれをまんまと逃れたものだよな。他の連中にはできなかったが」

重い沈黙が部屋を覆う。ジョーダンの声が低くなる。
「信じられん」と、うなる。

「そう興奮するなよ」と、バックナーは言う。「お前もラリーも」

ジョーダンは取り合わない。画面にくぎ付けだ。

「ファウル!」と、彼は叫ぶ。「どこを見てる? あれはファウルだろう!」

心地いい夜、ジョーダンは7階のバルコニーに出て行き、トライアン通りの車の往来を見下ろす。テレビは右のコーナーにある。彼は葉巻をふかす。ボブキャッツは同点に追いつき、再び遅れをとっている。

「戻れ戻れ戻れ」と、ジョーダンはテレビに向かって叫ぶ。「マッチアップ、マッチアップ。おい、どこへ行く?ボールに飛び込め!」

彼らは負けそうだ ―― 彼は負けそうだ ―― そして、彼はソファーで静かになる。試合は終わった。ジョーダンは少しの間口をきかず、それから何かつぶやき、また黙っている。

彼はチャンネルをヒート対ジャズ戦に変え、放送されているトリビア・クイズに答える。これは彼が最も有名なショットを決めたコートだ。彼はその場所を指さす。試合後の自分がどれだけ疲れを感じたか思い出す。携帯電話がジョーダンの胸の上に載っている。彼の両足は木の幹で作ったコーヒーテーブルに伸ばされている。

「バードはどうしてる?」と、ジョーダンは尋ねる。
「ネープルズ(フロリダ州)にいるよ」と、バックナーが答える。
「毎日ゴルフ三昧?」と、ジョーダンが聞く。
「飽き飽きしてるな」と、バックナーは答える。
「仕事に戻ると思うかい?」というジョーダンの質問に、
「間違いなく戻るね」と、バックナーは言う。「本人は口にしていないが、俺は彼を知っている」

Michael Jordan has not left the building (11)

「ハニー」やら「ベイビー」やら。

◇◇◇◆◇◇◇

ジョーダンは自宅へ帰る。

ダークでモダンなロフト(*コンドミニアム最上階のペントハウス)は、配管がむき出しのキッチンなど、全体的に男っぽいデザインで、どことなくアジア風でもある。黄褐色のフェルトの玉突き台が置かれ、葉巻用の灰皿があちこちにある。彼がお気に入りのラウンジチェアで観戦するボブキャッツ@セルティックス戦の試合開始まではあと1時間だ。

「どこだい?」と、ジョーダンは奥へ呼びかける。

イベットの明るい声が聞こえる。

「ハニー、ここよ」

彼女は34歳で、病院や不動産業界で働いてきたが、今は、ジョーダンがずっと以前に失った家庭生活に一番満足している。ポートノイは誕生日にいつも通りボスからバースデー・プレゼントをもらった。しかし、カードももらったのは16年の付き合いで初めてだった。それはパピルス(Papyrus)の商品だった。中を開くと、ジョーダンのサインがあった。エスティーは、こういう普通の行動に驚く自分を笑った。イベットは誕生日が近づく相手に普通の人がすることをしたのだ。彼女は自分でカードを買ったのだろう。それを頼むスタッフなどいないのだから。

ジョーダンの変化の理由はイベットにある。彼女は彼に、大学からあの手紙を書いた少年の部分を再発見する一番の機会を提供している。2年前の復活祭にジョーダンと連れ立ってノースカロライナ州のあちこちに住む彼の家族を訪ねたイベットは、ウィルミントンへも連れて行ってほしいとせがんだ。彼が育った場所を見せてほしいと。ほとんどの人と同じように、彼女も時々、以前の彼を想像するのに苦労した。彼女は、ママやパパに切手を送ってもらわなければならなかったマイク・ジョーダンに会いたかった。彼女の要求を叶えるには7時間のドライブが必要で、ジョーダンはそれを嫌がったが、最後に折れた。「女性に説得されて」と、彼は言う。「気が変わるなんてね。10年前なら、一日中言い争って私が勝っていたはずだ。今の私は相手に譲る。それは進歩だと思う」

今夜、男たちはルースズ・クリス(*ステーキハウス)に持ち帰りをオーダーし、イベットとローラはサラダを作っている。友人たちはキッチンの流し台の周りに集まり、和気あいあいとレタスを洗っている。ジョーダンは自分のワインを飲み尽くしそうな勢いのバックナーをいびり、他の皆はとげのある言葉の連発に爆笑し、そのあと、ジョージが高価なメルローのボトルに折り曲げストローをさしてクインに手渡すと、イベットは目まいがするほど笑い転げる。

彼女はジョーダンに新しいことにトライするように勧めている。フロリダの家はほとんど完成し、二人の共有となる。スタッフの間では、ゴルフクラブ内の地所は「終の棲家(retirement home)」と呼ばれ、ジョーダンの友人たちは、そこでソファにくつろぐジョーダンを想像するのが好きだ。彼らはジョーダンに安らいでほしいと願っている。

今夜の彼は、少なくともしばらくは、そう見える。

「ベイビー」と、イベットは言う。「ワインを取ってきてくれる?」

ジョーダンは温度と湿度が調節されたワインルームに入り、お気に入りの1本を持ってくる。コルクがソフトにポンと抜ける。彼はカウンターにグラスを並べ、ワインを注ぎ、一人一人に手渡していく。
「さあ、どうぞ、レディーたち」。

Michael Jordan has not left the building (10)

下読みもせず行く先が分からないまま進んでいる状態なので、全部読み終わったらもう一度手直ししたくなりそう・・・もっとしっくりくる日本語が思いつくかもしれないし~。

◇◇◇◆◇◇◇

それを測る方法などないが、ジョーダンのことを地球上で最も強烈なコンペティターとするゆるぎない主張がある。少なくとも、そういう議論では彼の名前が挙がるだろう。そして今、彼はこの闘争心のはけ口を必要とするようになった。iPadでビジュエルド(Bejeweled=パズルゲーム)をやれば、レベル100を超え、Bejeweled Demigodのタイトルも得た。数独にも熟達し、ポートノイを負かして500ドルせしめたこともある。バハマに滞在中は、アトランティス・ホテルのギフトショップに人をやり、ワード・サーチ・パズルを何冊も買ってこさせた。ホテルの部屋でポートノイとポークを相手に競い、二人ともやっつけた。ジョーダンはバスケットボール・コートを見るのと同じように、すべての単語を瞬時に見切ることができる。「どうしようもないんだ」と、彼は言う。「これはもう中毒だね。高い目標を達成するための特別なパワーが欲しいと求めて、それを手に入れ、今度は返上したくなる。でも、できない。それができたら楽になれるのだが」

かつては世界中の人々が、彼が戦い、勝つところを見た。今は、ホテルの部屋でたわいない子供のゲームに興じる姿を友人たちの小さなグループが見ている。欲望は変わらないが、会場とほうびは縮み続けている。何年もの間、彼はバスケットボール・コートで本能を発揮し、人々に愛された。今は、スピーチで本能をあらわにしたことで冷笑されている。

本人が言うように、彼の自負心は常に「ダイレクトにゲームに結びついていた」。それがなくなった今、ジョーダンの心はさまよっている。自分は何者だ? 何をしているんだろう? と。3度目の引退から10年間、彼はひまが明くのを恐れるように動き続けてきた。スケジュールが空くと、オフィスに電話をかけて、1ヶ月間わずらわせないでくれ、リラックスさせてくれ、ゴルフを楽しませてくれ、と言う。ところが3日後には、どこどこへ行きたいから飛行機を出せるかと言ってくる。ジョーダンはじっとしていられない。それで、ボブキャッツを所有し、契約スポンサーの仕事をし、何時間もゴルフをして、218ポンドを頭から締め出したいと願う。そうは言っても、ヨットから降りて苦闘するチームへ戻った彼は、自分の闘争心がほとんど化学反応のように起動するのを感じる。そして、ワークアウトを始め、考える:50歳でもプレーできるだろうか? 自分ならレブロンとどう戦うだろう?

どうなる?

「それでひどく消耗した」と、彼は言う。「私の最大の敵な自分だ。現役時代の私は自分を激しく駆り立てた。今もその欲動の一部が消えずに残っている。どうすれば取り除けるのか分からない。取り除くことができるかどうかも分からない。そして、私はここで、まだゲームとつながっている」

彼はフィル・ジャクソンから教わったことを考える。ジャクソンは常にジョーダンを理解し、彼の内面を引っかき回すことも恐れなかった。ある時、選手たちに本を渡す恒例の儀式で、ジョーダンにはギャンブルに関する本を贈った。この新しい挑戦において、ジョーダンが現在必要とするものは禅公案(*禅問答)である:自分を見つけるために、自分を失わなければならない。復帰についての考えで頭がいっぱいになったときは、眠ろうと努める。目が覚めたときには気分もましになることを知っているから。彼は、自分が218ポンドに戻れないことを知っている。二度と再びプロでバスケットボールをすることがないのも知っている。そういう欲動を静め、これまで懸命な努力で築き上げてきた人生を新たに生きる道を見つけなければならないことも知っている。

「どうすれば、この自分をひどく消耗させるものなしで、今後の20年間を楽しむことができる?」と、彼は尋ねる。目の前のデスクに置いた携帯電話はトレードのオファーで鳴っている。「どうやって、バスケットボールのゲームから離れて平穏を見つけることができる?」

Michael Jordan has not left the building (9)

◇◇◇◆◇◇◇

彼は変わろうとしていて、少しずつ取り組んでいる。ここ数年は、たとえ自分は水が大嫌いでも、イベットが好きな船旅に出ている。最初の航行では船上で気がふれたようになった。一番最近の旅行では、自分の激情が消える感じがした。それは勝利だった。彼はバスケットボールを観なかった。毎朝、太陽と共に起き、フィッシング・チェアーに腰を据え、その日最初のコロナ(*メキシコ原産のビール)の栓を開け、友人と一緒に8時までトローリングを楽しみ、巨大なキハダマグロを釣り上げる。美味しい寿司を作る。ジョーダンは幸せだった。友人たちへのバケーションの報告は、「飲んで、食べて、飲んで、食べて、飲んで、食べて」だった。大好きなテキーラを何ケースも空け、まったくパソコンに触れない生活が家へ帰るまで続いた。その後、彼は再びゲームの近くに戻り、おなじみの衝動が彼を苦しめ始めた。

シャーロットで、彼は218を考え始めている。

バケーションから戻って以来、彼は毎朝ジムにいる。食事時間には食べて良いものとダメなものを尋ねるために栄養士にメールをする。Mister Terribleでの不摂生がたたり、帰宅後、体重計が示す261ポンド(118kg)という数字に思わず目をこらした、というのが表向きの理由だ。9日後、オフィスでバスケットボールに囲まれた生活に戻って、体重は248ポンド(112kg)に減った。彼は自分の減量を健康のため、あるいは50歳のバースデー・パーティーで見栄えが良いように、と言い張っている。しかし、本音は218ポンド(99kg)が目標なのだ:ジョーダンの世界ではなじみのある危険な数字。

現役時代の体重だ。

イベットは現役時代の自分を知らない、「218ポンドの私を見ていない」と、彼は言う。オフィスの壁には青年時代の写真が額に飾ってある。リムへ舞い上がり、両足は胸の近くに引き上げられ、まるで飛んでいるような姿だ。彼は、物欲しそうに微笑んでその写真を見やる。

「私は218ポンドだった」。

彼の心が求めるものと体が与えられるものの隔たりは毎年大きくなる。ジョーダンは、ブルズの昔のビデオを見てからジムへ行くと、エクササイズ・マシーンで「凶暴に」なるという。それはギョッとさせる。この間、ボブキャッツで働く兄のラリーが練習コートでの騒ぎに気付いた。オフィスの窓から目をやると、弟がボブキャッツの中で最高の選手の一人をワン・オン・ワンで圧倒していた。翌朝、ラリーが笑って言うには、ジョーダンは自分のオフィスへたどり着かなかった。彼はトレーニングルームまで行ってトリートメントを受けていた。

「代償を払っているわけだ?」と、ラリーは尋ねた。

「別に」と、ジョーダンは答えた。

Michael Jordan has not left the building (8)

そうだ、この筆者の感想が知りたくて読んでいるわけじゃないし、そういう部分はサクサクいってしまえ!

◇◇◇◆◇◇◇

物議をかもした殿堂入りセレモニーのスピーチから3年半。彼を偉大さへと駆り立てた軽視を中心に構成されたスピーチは、あるバスケットボール記者が書いたように、ジョーダンのことを「異様に冷酷」と信じる人々にとって証拠物件Aとなった。彼らは必ずしも間違っていない。しかし、あのスピーチが膨れ上がったエゴと自己認識の欠如の象徴となったとき、大切なことが隠された。

もう一度見返すと、あのスピーチそのものはプライベートでのジョーダンがどういう人間なのかを垣間見せる窓である:おかしくて、辛辣で、自信たっぷりで、口が悪くて、負けず嫌い。彼は自分のことを天賦の才能に恵まれたアスリートとしてではなく負けることを拒む人間として考えている。それで、演壇に立ち ―― 始まる前に9度も涙をぬぐい、第一節で鼻をすすり、気持ちを落ち着かせたあと ―― 自分の体内には炎があり、「人々はその火に薪をくべた」と述べた。 それから彼は、自分を疑った人々の名前をことごとく並べ、その行為を大小問わず列挙した。まず兄たちから始め、高校、大学、NBAと続いた。長年の宿敵であるジェリー・クラウスのことも狙い撃った:「誰が彼を招待したのか知りません・・・私はしていません」。それはささいなことだったが、また、驚くほど正直でもあった。

批判の中に流れる言外のメッセージは、ジョーダンは引退したアスリートが求められるものは懐旧と内省の混合であることを理解しなかったということだ。現役引退から殿堂入りの資格を得るまでの5年という待ち時間は、それらの感情が芽生え、育つ時間を与えるものと考えられている。人々は、勝つためにならどんなことでもするジョーダンではなく、隠されたジョーダンを望んだ。それが殿堂入りスピーチの魅力だ。それは、彼らのように偶像視される人々も我々と変わらなかったことを明らかにする。ジョーダンはそのスピーチをしなかった。理由は単純で、明らかだ。彼は自分を過去の一部として、あるいは将来の展望を見つけた人間として見ていない。その夜の彼はノスタルジックではなかった。彼のキャリアを駆り立てた怒りは消えず、彼はそれをどう処理すべきか分からなかった。それで、スピーチの最後に、おそらく最も効果的で大切なことを言い、それはほとんど忘れられた。

彼は、自分にとってゲームは何を意味したか述べた。ジョーダンはそれを自分の「逃げ場」であり「癒しや安らぎを見つけたいときに行く場所」と呼んだ。バスケットボールは彼に完全であると感じさせた。そして、それはなくなった。

「いつか」と、彼は言った。「皆さんは私が50歳でプレーしている姿を見るかもしれません」

くすくす笑いがさざ波のように広がった。彼は頭をグイッと動かし、挑戦を受けたときのような目になり、「ああ、笑わないでください」と言った。

笑いはさらに大きくなった。

「絶対ないとは言いません」と、彼は言った。

Michael Jordan has not left the building (7)

もっとサクサク進まないもんだろうか。細かいところはも少し飛ばしてしまおうか~。

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ジョーダンはどこへ行ってもその部屋で一番の重要人物であることに慣れている。ガルフストリームは彼の搭乗と共に離陸する。乗り遅れた友人はラスべガスに置き残された。最近は護衛を二人置き去りにした。もう何年もジョージのことを置いてきぼりにしようと企んでいるが、まだ出し抜くことができないでいる。ジョーダンはやりたいときにやりたいことをする。ナイキの飛行機で中国へ長旅をしたときは、他のメンバーがアンビエン(睡眠薬)を飲んで眠ろうとしたちょうどそのときに目を覚ました。関係ない。彼はライトとステレオをつけた。マイケルが起きたら全員起きるのが不文律だ。周りの人々は彼のあらゆる気まぐれに応じる。彼が着陸するときには確実に車が待っているようにする。どんな不便も取り除く。シカゴでは、彼の車にガソリンを満タンにしておく係がいた。つい最近、フロリダにいるジョーダンからオフィスに電話があった。ガソリンスタンドで動けない、満タンにできないと苛立って。

「俺の(クレジットカードに登録されている住所の)郵便番号は?」と、彼は聞いた。

ジョーダンはフロリダ南部に暮らすイベットの家族を訪問し、一緒に過ごしているところだった。そこでは、セレブのサーカスと引き換えにした生活を味わうことができた。彼らはへつらわなかった。彼女の祖父母はほとんど英語が話せないし、バスケットボールのファンでもない。彼は家庭料理で一家団らんを楽しんだ。ウィルミントンで過ごした子供時代のように。「過ぎ去ったことだ」と、彼は言う。「もう取り戻すことはできない。今や、私のエゴはとても大きく、いろいろ期待してしまう。あの頃はそうではなかった」

スイートにいる人々はジョーダンのエゴや機嫌や怒りを知っている。世間のほとんどの人よりも。彼らはジョーダンを知っている。そして、正直になれば、彼のことを愛している。彼が本当はどれほど優しくなれるか知っている。母の日には、自分のために働く全員のお母さんに薔薇を贈っている。メイク・ア・ウィッシュの子供たちと会ったあと、打ちひしがれている姿も見てきた。我が子の小さな成功に誇りでいっぱいなところも。彼らはマシーンの内側にいて、名声が要求する厳しさやシニシズムという災厄をじかに見ている。だから彼らは、マイケルがマイケルであることのあらゆるストーリーがおかしくて、かわいらしいとさえ思う。食べ物に唾を吐いたり、衣類を切り裂いたりという、外部の人間が知ればゾッとするようなことであっても。

たとえば、友人たちは彼の殿堂入りセレモニーのスピーチを見て、笑った。

Michael Jordan has not left the building (5)

あ~もう少し分かりやすい文章を書いてほしい。

◇◇◇◆◇◇◇

この忍びやかなノスタルジアと対極にあるのが、自ら進んで軽視を収集し、でっち上げ、さらに大きくするジョーダンの一面だ。彼は驚くほど嫌なやつになることがある:身勝手で、弱い者いじめで、無慈悲。それは偉大さの醜い側面だ。誰かの最大の弱点をすぐさま感知し、攻撃する彼は、ある意味での殺人鬼だ。太りすぎたブルズのゼネラルマネージャー、ジェリー・クラウスがチームバスに乗りこんで来ると、牛のようにモーと鳴いた。ブルズがトレードで獲得したビル・カートライの怪我の多さをメディカル・ビルとからかった。練習中にウィル・パデューを殴ったこともある。スティーブ・カーのことも殴った。となれば、他の選手も推して知るべしだろう。

これは早いうちから始まったことだ。ジョーダンは、大好きな父親が自分より兄のラリーを愛していると本気で思っていた。そして、その不安感をモチベーションに使った。彼は燃え、自分が成功すれば等しい愛情の分け前を求めるだろうと思った。彼の人生は、周囲の人々に、見知らぬ人に、自分自身に、さまざまなことを証明するためにあった。これは成功し、ものすごく不健康だった。チャペルヒルから手紙を出した少年が消えたとしたら、葬ったのはこの、証明したい、攻撃したい、支配したい、勝ちたいという欲求だ。ジョーダンについてはデービッド・ハルバースタムの "Playing for Keeps," など多くの伝記が書かれている。その中で、ジョーダンを記述するのに用いられる最も顕著な共通の単語は、「rage(激しさ・怒り)」である。ジョーダンはバスケットボールをやめたかもしれない。しかし、激しさはまだそこにある。炎は残っている。それは彼がゴルフコースで、ブラックジャックのテーブルで、解放を探す理由、自分のバスケットボール・チームに多くの時間とエネルギーを注ぐ理由、そして現役復帰を夢見る理由だ。

ある負け試合のティップオフの直前、ボブキャッツのアリーナのスイートに陣取った彼は、自分のチームの選手の一人が敵とおしゃべりしていることにイラついていた。今夜は、ボスが見ているというメッセージを送るためにベンチに座りそうだ。以前はよくそこに座ったものだが、審判に向かって叫ぶのを自重するようコミッショナーのデビッド・スターンから何度か電話があって、ほとんどの試合をプライベート・スイートで見るようになった。ワシントン・ウィザーズのエグゼクティブだった頃は、チームのプレーぶりに腹を立て、オフィスのテレビに缶ビールやら何やら手当たり次第に投げつけていた。10年たった今は、ほぼ叫ぶだけで済んでいる。

「下へ行ってくる」と、彼は言う。
「行儀よくな」と、スイートの誰かが言う。
「努力するよ」と、彼は答え、ドアを出る。

Michael Jordan has not left the building (4)

まあ、こうなったら、オリンピックという外圧が良い方向に影響してくれることを祈ります。
それにしても、マスコミが報じる熱気と私周辺の温度差がすご過ぎて笑える。

◇◇◇◆◇◇◇

ジョージ・コーラーは指にはめたリングに目をやる。それはブルズの初優勝を祝う記念品だ。ジョーダンは家族や親しい友人たちにレプリカを贈っていた。

「どうしてこの指輪をはめているか話したっけ?」と、コーラーは聞く。
「いや」と、ジョーダンは答える。
「親父さんに約束したんだ」

指輪が強奪されることを恐れていつも自宅に保管していたジョージは、ある日、皆からパップスと慕われていたジェームズに、「指輪はどこだい? せがれがあれを君に贈ったのは、引き出しに仕舞いこんでもらうためではないよ」と叱られた。

「いかにも言いそうだな」と、ジョーダンはほほ笑んだ。

パップスはジョージに、もし指輪が奪られても「私たちがもう一つやるから心配するな」と言った。

ジョーダンは、「私たち」という単語に高笑いする。
「いいねぇ。それも言いそうだ」

「親父さんにあんなことがあってから」と、ジョージは続ける。「ずっと指輪をつけているんだ」

記憶がよみがえる。パップスは、殺害された日、本来はシカゴへ飛ぶ予定だった。前の晩、ジョージに電話をかけて迎えを頼んでいる。ジョージはオヘア空港で待ったが、パップスは現れなかった。30分待ち、ジョージはママJ (デロリス・ジョーダンの彼の呼び方)に電話をした。少し待ってあげて、と彼女は言った。パップスはたぶん、飛行機に乗り遅れたのだろう。2時間か3時間後、シャーロットからの次のフライトが到着した。パップスは飛行機から降りて来なかった。ジョージはもう一度ママJに電話をかけた。彼女は、何かが起こったに違いない、夫から連絡があるだろう、と言った。パップスからの連絡は永遠になかった。

「くそ」と、ジョージは声をもらし、咳払いをする。

ジョージは話題を変えようとする。彼はジョーダンの機嫌に慣れていて、マイケルは悲しくなると無口になり、内にこもることを知っている。

「俺がこの指輪のために何本ジャンプショットを撃ったか知ってるか?」と冗談を飛ばす。
「バカ言ってろ」と、ジョーダンは言い返す。

しかし、この部屋からパップスの面影は消えない。「親父はフィアンセに会っていないんだ」と、ジョーダンは言う。「子供たちの成長も知らない。93年に死んだから。ジャスミンはまだ1歳だった。マーカスは3歳、ジェフリーは5歳だった」

「自分の父親の存在を一番感じるのはどこだい?」と、彼は問われた。

5秒、10秒、沈黙が続く。ジョーダンが椅子にぐったりもたれかかり、初めて太鼓腹が目立つ。窓の外は灰色の空。彼は唇をゆがめ、首をこする。目には生気がなく、急に年をとったように見える。父親が強殺されて―― 息子から贈られたレクサスと2つのチャンピオンシップリングを奪われた―― から20年たっても、ジョーダンがまだ父を必要としていることは明らかだ。彼はようやく答える。

「たぶん彼といるときだ」と、ジョージに向かってうなずきながら。

シカゴから運んだジョーダンの額入りの写真が壁に立てかけた状態で床に置かれ、掛けられるのを待っている。暗くて静かな空っぽのアリーナ、開いたトンネルのドアの向こうから白く輝く光が差し招いている。それは、喪失との折り合いを表しているようだ:老化との、引退との、死との。その中で、ジョーダンは光の方へ歩み、彼の肩を抱いた幻影も並んで歩いていく。それは彼の父だ。

「俺たちは徹夜で西部劇を見るんだ」と、彼は言う。

ジョーダンは取りつかれたように西部劇を見る。それが父の存在を感じるための行動であることは想像に難くない。彼の使用人の一人は、ジョーダンの自家用ジェットに乗ると何時間も銃撃戦や決闘にさらされるから、自分は航空会社の定期便に乗る方がいい、と冗談を言った。

「何か西部劇を挙げてごらんよ」と、ジョージは言う。「こいつは、その出だしも真ん中もラストも語れるから」

「いつも見ているんだ」と、ジョーダンは言う。「ガンスモーク(Marshal Dillon)のシリーズは全部見た」

「二人とも好きな西部劇は同じだと思うよ」と、ジョージは言う。
「本当に好きなのが3本あるよな」と、ジョーダンが応じる。

「“アウトロー”(Outlaw Josey Wales)だろ」と、ジョージ。
「大好きだ」と、ジョーダン。

「“真昼の(Two Mules・・・)」と、ジョージが始め、
「・・・死闘”(… for Sister Sara,)」と、ジョーダンが続ける。

「あと、“許されざる者”(Unforgiven)もいいね」と、ジョージ。
「親父はそれがお気に入りだった」と、ジョーダンが言う。

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3本ともクリント・イーストウッドですやん。ちなみに、ジョン・ヒューストン監督、バート・ランカスター、オードリー・ヘプバーン主演の『許されざる者』は "The Unforgiven"とのこと。

Michael Jordan has not left the building (3)

あーうまくいかないなー。

◇◇◇◆◇◇◇

追憶はシャーロットでも続く。ジョーダンと親友のジョージ・コーラーは、一緒にiPadを囲んでジョーダンがシカゴで最初に住んだ家を探そうとしている。

ジョージが今ここにいるのは偶然の出会いがきっかけだ。ジョーダンが初めてシカゴの地を踏んだとき、ブルズからは誰もオヘア空港に迎えが来ていなかった。まだぽっと出の若者だったジョーダンは不案内な土地で緊張していた。若いリムジン・ドライバーが彼を見つけ、目的地まで車で送った。それがジョージだった。それから二人はずっと一緒にいる。一緒に長い時間を過ごした。ジョーダンはコーラーに全幅の信頼を寄せている。コーラーの電話に登録されている有名アスリートの人数は地球上の誰よりも多いかもしれない。ジョーダンを探す一番手っ取り早い方法がコーラーに電話することだから。

「どこを探しているんだ?」と、ジョージは尋ね、画面を指さす。

「エセックス・ドライブ」と、ジョーダンは答え、なじみの通りを見つける。「初めてここへ行ったとき、マクドナルドに寄ってマックリブを買ったのを覚えているよ」

その家には地下室があった。裏手にはチャールズ・オークリーが住んでいた。現在ボブキャッツの球団社長を務めるロッド・ヒギンスも。地下室にはホットタブ(*湯を満たした大型の浴槽・友人同士が一緒に入ってくつろぐなど)と、ピンポン台にもなるビリヤード・テーブルがあった。彼らは、ホイットニー・ヒューストンのファースト・アルバムを何度も繰り返し聞きながら何時間もプレーした。去年、ジョーダンが自分の弁護士でありチーム幹部でもあるカーティス・ポークと一緒にベンチに座っていたとき、ポークはヒューストンが亡くなったというメールを受け取った。彼女の死はジョーダンを動揺させた。ヒューストンと親しい友人だったというわけではなく、同年齢の彼女の死によって自分にとっても死は必然であることを気づかされたからだ。それは彼に、50歳とエセックス・ドライブでピンポンに興じた日々との隔たりを思い知らせた。

「連中は地下室で何度も戦ったものさ」と、笑いながらジョージは言う。
「俺とオーク」と、ジョーダンは答える。
ヒギンスも二人の横に立って彼らと一緒にマップを眺めている。
「ビリヤードでやっつけてやった」と、ジョーダンはロッドの方を向き、同意を求める。
「俺の見解は異なるが」と、ヒギンスは冷やかす。

エセックス・ドライブに面したそのタウンハウスの物語には、彼らが口に出さない翳りがある。息子のために地下室を改築したのはジェームズ・ジョーダンだった。それまでもずっと、自分にできることなら何でもマイケルに一文も払わせなかった父は、すべてを一人でやってのけた。暮らし始めて最初の冬、マイケルがオールスターゲームでシカゴを離れていた間にパイプが凍った。父は壁を引き剥がし、パイプを取り換え、壁を補修し、塗り直した。息子の家を修繕するのに二週間かかった。ジェームズとマイク・・・それは、始まった瞬間からすべてのノスタルジアが向かうところ。

親愛なる母さん、父さん・・・切手を送ってください。

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